4th step:ミレオの話

「うわ、何だこれ」


 僕が異変を感じて空を見上げると、すでにそこに青空はなかった。いつから変わっていったのか、あるいはいつから変わっていたのか、僕でさえもわからなかった。


「この僕がわからないんだ。きっとこの世界は……ははっ、終わるかもしれないね」


 僕はそのとき悟ったんだ。この世界の終焉しゅうえんを。簡単なことだった。突然の異変、僕でさえも気付けないほどの唐突さ、これを「終わり」と呼ばずに何と呼ぶのだろうか。


「さて、じゃあ僕は何をするべきかなあ」


 そう言いながらも、気の向くままに歩き出していた。


 そして……僕は空を駆けた。


 ごくごく自然におこなったことだった。無意識と言っても過言ではない。僕は、生まれた時から備わっていたというように当たり前のように浮遊したんだ。


「わぁーお」


 声に出して驚いてみせたのは、空を駆けて少し経ってからのことだった。


「ふはは。こんなんじゃ、本当に終わるのかもね?まぁ、別に構わないけど」


 こんな世界には、破滅がお似合いさ。


 ***


「わかる?僕はこういう風にしか答えられないんだよ。だって、それが事実であり、それがすべてだからね。ただこの話は、君たちには理解されないかもしれないんだよねー」


「……」


 俺とオベリアは黙っていた。発すべき言葉が見つけられなかった。


「それって、本当に最低ね」


「は?」


「オ、オベリア?」


 俺はオベリアを見た。そして驚いた。ビビった、と言っても語弊ごへいはない。オベリアは、怒っていた。


「何なに?君は何でそんなに怖……」


「とぼけないで」


(うっわ)


 本気の怒りがひしひしと感じられた。一言僕から言及しよう。超怖い。


「あなた、本当にふざけた奴ね」


「オベリ……」


「ファイは黙ってて」


「はいぃっ!」


 愚行だったようだ。怒鳴られたわけでも、怒られたわけでもないのだけれど、邪魔だってことは理解した。


「僕に対して随分なことを言ってくれるじゃないか。それ相応のことがあっての物言いなんだよね?」


(こーいーつー……)


 高圧的な態度は相変わらずで、偉そうな態度もしゃくに触りっぱなしだった。きっとオベリアもこいつのこういうところにイラついたに違いない。うん、絶対そうだ。今に見てろよ、オベリアの凄さを思い知るがいい!


(……って)


 俺はそこまで一気にまくし立て、そののちに気分を深く沈めた。


(不甲斐無さすぎ、俺)


 結局、他力本願……オベリア本願かよ。俺が、証明しなきゃならないんじゃないのかよ。オベリアの凄さを。彼女の素晴らしさを。俺が思う、オベリアを。


「……」


 言葉を失った。


(本当に、相応しくない。釣り合いなんて、取れてない)


 しかし、俺の苦心をよそに、オベリアとミレオの会話は続いていた。


「アンフェアだとか不公平だとか言って固執していたくせに、あなた自身のことは棚に上げるのね」


「えー?」


 格の違い、というやつを感じる。オベリアは、僕とは全く違うところに着眼点を持っていた。


「だって、それ以外何も言うことはないんじゃない?」


 会話は流れていく、俺を取り残して。


「あなたがとても鋭い考察力を持っていることはわかったわ。私たちが続けて質問をしないのが悪かった。けどね」


 オベリアは眼光を光らせた。


「そこまで目利きのするあなたなら、他にも情報を引き出してくれてもいいんじゃないの?」


「えーと……」


「ファイ、ミレオは私たちには矢継ぎ早に質問をして、追い打ちをかけて、どんどん質問外とも取れるところまで聞き出した。それなのに、私たちが質問をしないのをいいことに、私たちには事実しか情報提供をしていないのよ。これってフェアかしら。私の意識が狂ってるだけかしら」


 オベリアは俺に問いかけた。


「い、や、そ、その……オベリアの言う通りだと、思う、よ?」


「……」


 オベリアは黙ってミレオを見つめていた。


(ああ)


 オベリアは、俺を参加させてくれただけだ。一人取り残されていた俺を、会話から外れていた俺を。


 今この場にいなかった俺を。


 もう、何も言えなかった。


 俺は、ここには要らなくて、遥かに相応しくない。オベリアの今のだって、俺の答えは必要としていない。俺のためだけの説明・解説だったんだ。


「君は本当にお人好しちゃんだね?こんな奴を大切にする理由を聞きたいんだけど?」


「ファイが大切な説明なんて不毛だし、あなたなんかにはしたくはないわ」


「はいはい、君たちの絆はよーくわかったよ」


「今私はあなたの話をしているのだけれど」


「僕がアンフェアだっていう話?」


「そうよ、私たちだってしっかり事実を話したわ。でもあなたは、それで納得してくれなかった。それなのに、私たちには事実しか話さないというの?」


「……ふっ、ははっ」


 ミレオは笑い出したようだった。


「オベリア、って言ったっけ?君、本当に面白いんだね。本当に、知れば知るほど何でそこの奴とつるんでるのかわかんないけど」


「オベリアの何を知った気になってんだよ……!」


 思わず発した言葉は無視されてしまった。


「まあいいけどねー。ただ、僕から話を引き出すかどうかは君たちの力量次第だってことも、忘れないでもらいたいね」


 ミレオは溜め息混じりにそう言った。


「僕は、本当に無意識に駆けていたんだよ。ここまでは信じてもらえてると解釈して構わないかい?」


「ええ、こんな状況だもの。あなたの言うことを疑うなんてしないわ」


 オベリアは答える。


「それはありがたい」


 いちいち、いちいち面倒臭い奴だけど、言っていることにだけは興味がある。


「その間に僕が見てきたものについては、話してあげるよ」


 そうして、再びミレオの話が始まった。


 ***


「うっわなんだこりゃ、本当笑っちゃんだけど」


 僕は上空からこの『世界』を眺めてきた。


 そこにはいろいろあると思っていたけれど、案外は少なかった。代わりにあったのは変わり果てて紫に変色した大地。そこに荒廃した木々が点在。もちろん大地はひび割れていた。


「ふふはっ、創生者も大したことないなぁ……こんなの、空箱じゃないか」


 でも、少なからず村や町や集落はあった。総じて五つぐらいだろうか。それらは不思議な力を宿しているようで、大地は普通に生命体としての機能を持っていて、その上空だけが青かった。誰かが発した言葉も思い出した。「何かは丸かった」とかいう、どっかから自分が住んでる惑星を見た人だった気がする。著作権か何かに引っかかるといけないから、一応明言は控えておくけどね。そんな正反対の上空同士の境界ははっきりしていなくて、混ざり合って混色だった。それは、逆手を取ればいつでも村や町や集落が飲み込まれてしまうことを示しているように僕は思えた。簡単に侵略されてしまいそうなほど、それら生命体の存在は、脆そうで弱そうでちっぽけだった。


 そして僕は王国を発見した。


「あれ、こんな空間でも王国なんてあるんだぁ、面白」


 でも、降りてみる気は微塵みじんも湧かなかった。


「……面白いけど、つまんないね」


 僕はその王国を素通りして、先を急いだ。そして見つけたのがこのちっぽけな村。何やらちっちゃな点が入り口から出たり入ったりしてるなぁと思って、しばらく観察してた。そうするうちに、やっぱりそれは人だと確信を持った。


「何やってんだか。うろちょろ、うろちょろと面倒臭い」


 興味本位で降下してみたら、釣り合いもクソもないような二人が、うだうだとらちのあかない会話。これは、僕が相手になってやってもいいと見てね。


『ねえ』


『誰だよ、お前』


 ***


「どうしたの?ラリマー」


「あ、クロ」


 ラリマーと呼ばれたその少女が振り返った先には、もう一人の少女が立っていた。その子は名をクロといった。


「あのね、花を見てたの」


「今日は花なんだ?」


「うん。昨日ね、見つけたの、ここの庭で」


「へえ。まあ修道院には花壇や植えられた花が沢山あるもんね」


「そうなんだけど、これは今まで一度も見つけたことがなかったから……なんか珍しいのかなって思っちゃって」


「ふふふ、流石はラリマー、いい目してるわね」


「え?」


「その花はね、昨日私が植えた花なのよ」


「えっ……」


「クロが、植えたの?」


「そうよー。ね、何の花だと思う?」


「え……」


「当てられたら、きっとラリマーにはいいことがあるよ」


「本当!?えっと、えっとね……」


「ふふふ、見つかるといいね、花の名前」


 その花の名前を知ったのは、随分後の話だけれど、ね。


「はっ!!」


 淡い藤色の髪を乱して、サフィールは飛び起きた。


「……夢、なの?」


 ほぅ……と息を少しずつ吐き出す。彼女は真っ白いシーツに包まれていた。


「……もう遠い過去になってしまった」


 ふと窓の外を伺うのは、彼女の日課だった。そう、いつも通りのことだった。空の色以外は。


「えっ!?」


 彼女が見たその先に、いつもの空間はなかった。


「嘘、でしょ……」


 サフィールは、人生で、消滅と絶望を目にした。

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