3rd step:「謎の訪問者は現れた」

 ミレオと俺たちは、しばらくの間見合っていた。


「はぁ〜、ほーんと埒があかないよね。君たち頑固過ぎない?」


 ミレオが開口一番に言った。お前が言うな、とも思ったが埒があかないのは事実だった。お互いに自分の信念を曲げるつもりはなかった。


「じゃあ……質問してもいい?」


 一向に進展しない中でオベリアがそう言った。

 ……いつもそうだった。ここ一番で一番頼りになるのは、行動力があるのは、他の村の子供の誰でもなく、オベリアだった。いつもいつも次こそは俺が、と思っていたのに、結局はその役割を全てオベリアがになってしまう。どうして俺はここまで不甲斐ふがいないのか。俺は、自責の念に駆られずにはいられない。


「ふっ、しつもーん?どーぞー」


 意外なことに、オベリアの問いにミレオはすんなりと承諾しょうだくした。


「その代わり、情報はギブアンドテイクだよ?当たり前だよね。ウィンウィンじゃなきゃ」


 いや、やっぱり、俺の考えが甘かったようだ。


「もちろんよ」


 しかしオベリアは、そう返ってくることを少し読んでいたようだった。流石さすが過ぎてもう何いも言えない。


「あなた、どうやってここに来たの?」


 オベリアのその質問で、俺は当たり前すぎることを忘れていたのだと気付かされる。そうだ、俺たちの村を一歩抜ければ、そこは突如として断崖絶壁になっていたんだ。それを、どうやってここに辿り着いた。


「ふふーん、まあまあありきたりだけど、なかなかいい質問だね。そっちの馬鹿とはやっぱり釣り合いが取れないんだよなぁ〜。ね、そうでしょ?単細胞くんはそんなこと疑問にも思わなかったもんねぇ?」


「〜〜〜っ」


 ぷぷぷと馬鹿にされて、俺のミレオに対する好感度は下がる一方だった。好感度どころか不快度は上がるばかりだ。


「よし、じゃあ答えてあげようか、と言いたいけれど、一応確実な保険のためにも、君たちから先に答えてよね。僕を裏切って逃走や交戦を測ったりする可能性だって十分あるから」


「……」


「……」


 ミレオも相当気が回る奴だということを再確認させられた。


「いいわよ、別に。こっちに困ることなんて何もないのだもの」


 しれっとオベリアは答えた。そしてミレオに向かって畳み掛けた。普段のオベリアからすれば、珍しい行為だった。それくらいには一応鬱憤うっぷんが溜まっているのかもしれない。


「何を恐れているのかさっぱりわからないけれど、相手を疑うことしかできないなら、あわれなことね」


「オ、オベリア……?」


 俺はかなり驚いたん。オベリアが、他人を哀れむなんて。そんなに冷たい目を、誰かに向けるだなんて。冷ややかで悲しげな、奥に闇を宿した……オベリアのこんな表情を見るのは、幼馴染の俺でも初めてのことだった。


「……」


 そこまで言って、オベリアは再度口をつぐんだ。そうだ、オベリアはさっき言っていた。彼とはわかり合えない、と。諦めたのだろう、それ以上怒りをぶつけることを。無駄に思えたんだろう。労力を消費すべきときは今ではないと、悟ったのかもしれない。冷ややかな目はいつもの澄んだ赤紫に戻っていた。そういえば、ミレオとオベリアのひとみは同じ色をしている気がする。


「いいよ、何とでも言いなよ。僕は僕の道を生きていくだけだからね。君たちにどう思われようと関係ないのさ」


「……」


 やっぱりこいつとはわかり合えないとも思ったが、どこか涼しい雰囲気をまとった言い草に、俺はなんだか悲しくなった。何故なのか、今はまだわからないけど。


「それじゃあ僕が質問させてもらうよ。君たちは、外の世界を感じているのかな?」


「外の世界……」


 俺は思わず呟いた。それはきっと、オベリアが言っていた「博士」がいる世界のことだろう。


「ええ、知っているわ」


 オベリアが瞬時に答えた。俺は今回もやっぱり、気丈な役を彼女に回してしまう。肝心なところで臆病な俺のこの性格は、どうやったら直るのか。


「博士が、私たちを綴らなくなったことも、どこかへ消えてしまったことも、ね」


 オベリアは何のよどみもなく回答した。馬鹿な俺が思う限りは、完璧な答えだった。


「……あぁ、そういうことね。なるほど、うん。でもまぁ、認識はほとんど一緒のようだね、話が早くって助かりそうだ。君がいてくれてよかったよ。そこの低脳だけだったらいつまでたっても物理的な攻防戦が続く一方だったと思うから」


「〜〜〜っっ」


 ぐうの音も出ないことが、はらわたが煮え繰り返るほど悔しい。


「関係ない悪口はやめて。効率的でもないでしょ」


 意外なことに、オベリアがそう言った。


「……まぁ、いいよ。君の言う通りではあるしね。僕の一種の趣味だとでも思って聞き流してくれれば結構なのに」


 そう言ってミレオはまた不敵な笑みを浮かべたが、オベリアはそれも軽くあしらって切った。


「あなたの趣味に付き合っている暇もないし、そんな不要な時間、今は求めていないのよ。ましてやなごむわけでもないのだし」


 快活なその言葉遣いに、俺は本気で少し感動していた。自分では絶対にできない口述戦。それは、憧れと相まってとてもかっこいいものだった。


「まあ、そうだね。君もなかなかのきれ者みたいだし、不毛で蛇足なこの会話はめにするとしよう。じゃあどうぞ、次は君たちの番だ」


 そう言って手を差し伸べる仕草をしたミレオ。拭いきれない陰気臭さは、詐欺師を連想させた。ミレオの巧みな口車に乗ってしまった客は、恐らく高い確率で戻ってこられなくなるだろう。


「もういいの?私たちは別にもっと掘り下げて話してもいいと思ったのだけれど」


 オベリアが、いつもの優しい声で問いかける。

 ミレオは驚いたように大きな目を更に丸くした。


「わぁ〜……お、これはどういうことかな?結構なお人好しととっていいのかな?」


「別にどういうことでも……おい互いの利益にだってなり得るでしょう?」


 当たり前の提案をしたのだと、イベリアは暗に示してみせた。


「……」


 ミレオは少し考えた後に言った。


「いいよ、わかった。その案、乗ったよ」


「……」


 ミレオの言動に、オベリアは少々悲しげな目を向けていた。そして、俺には聞こえた。


「……大袈裟なのよ、何がそんなに……」


 俺もそう思った。


「君は彼のことを博士と呼んでいるようだね?」


 ミレオは話し始めた。


「ええそうよ。それで合ってる。何だかそれが、しっくりきたから」


「ふ〜ん、そういうもの?僕は、まぁ色々思い浮かんだんだけどね?最終的には創生者ってことにしたんだ。神だなんて呼びたくなかったし、親だなんても思っていなかったからね。まあ、僕一人が心の中で唱えるものだし、別に呼び名なんていらなかったんだけどね、暇だったからさ」


 出会ってから一番喋っていた。ミレオの語りの中に、オベリアは何か見つけたりできるのだろうか。俺には、何かを読み取る力がそこまで備わっていないから。


「で、そういうことなら僕は今から彼のことを博士と呼ぼう」


 唐突に、ミレオはそう宣言した。


「一致した認証の方が、格段に楽だってことは、言うまでもない、よね?」


「ええ。調和、感謝するわ」


「で、君は博士が消えたって言っていたね?それってどこでどうやって知り得たのかな」


「それは……」


 少しだけ、オベリアが言いよどんだ。するとすかさずミレオが言い放った。


「君はまだ、何か隠しているよね?」


 鬼の首でもとったかのようなその物言いに、俺は掴みかかりそうになった。オベリアを負かしたかのようなその空気が、堪らなく嫌だった。オベリアは、最強だから。少なくとも、俺の中では。それを、お前はわかっていないのだと、知らしめたかった。


「別に、大したことではないのだけれど、ね」


 そう言って、オベリアはゴソゴソと水晶を取り出した。いつもは空中に浮遊させているが、仕舞うときはいつも服の内側に忍ばせている。


「これよ」


「それは……」


 ミレオは、口を開けてオベリアの水晶に見入っていた。


「この水晶のお陰……なのだと思う。私が物心ついたときにはもうすでに持っていたものだけれど……」


「へぇ、不思議な子なんだね、君は。僕でさえもこの水晶を創生するのに大変な思いをしたっていうのに。まったく博士は随分不公平に創ってくれたようだ」


「そう、なの……」


「それで?君はその水晶だけが意識の原因だと思ってるの?」


「え」


「じゃあさ、水晶持ってないそこの馬鹿はどう説明すんのさ。そいつだって一応認識があるんでしょ」


「……まあな」


 不服ながらも俺は答えた。するとミレオはふんと鼻を鳴らして、俺たちに言った。


「僕はさ、こう考えるんだよ」


 ミレオは語り始めた。


「きっとね、この世界に存在している全ての者は、それを認識してるんじゃないか、ってね」


「!」


 ミレオはそのまま続けた。


「君だって、わかってるだろ?単細胞。ここにいるのは『登場人物』であり、ここは物語の中だってこと。ずっと生きてきたように錯覚しているこの感覚は、博士によって創られた『設定』であり、僕たちは生まれてから実際は一年と経っていない。全ては博士の空想で、架空。現実とやらは何なのかわからない、そういう世界で僕たちは動かされてきたんだよ」


「……」


 ミレオの言葉に耳を貸し、賛同するしかなかった。俺も、恐らくオベリアも、少なくともそれと同じような仕組みに気付き始めていたはずだ。


「ええ、そうね。ファイが外界への認識に目覚めている以上、この水晶ばかりが原因だなんて一概には言えないわね」


 オベリアは素直にそう言った。


「まぁ、僕の見解にも納得して賛同してもらったし、次の情報交換といこうか」


「でもそれじゃあ、どうして他の人たちは何も言わずに普通に生活を続けているのかしら?」


 ミレオが次に移ろうとしたとき、オベリアがそこに割り込んだ。


「……そうだね。それを考えちゃうあたり、やっぱり君のことは好きだよ」


「なっ……!!」


 オベリアが好き、という言葉に反応してしまった。他の誰に言われたって嫌だが、こいつに……ミレオにだけは言ってほしくなかった。心の中で思ってほしくもなかった。そういうところが、俺がまだまだガキのままということを暴いていくんだけど……。


「他の住人がこの異様な状況に触れないのはきっと……そうするしかないから、じゃない?」


「……そう?まあ、いいわ。この議題については今はどっちだっていい」


 オベリアは見事な切り替えを見せた。そして話は進む。


「じゃあ、次は私たちの質問に答えてもらっていいのね?」


「うん、そーだね」


 ミレオは涼しげな顔を浮かべて言った。


「僕がどうやってこの場所に辿り着いたか、だっけ」


「そうよ」


「僕は呪術師だからね、何だって摩訶不思議にこなせるのさ」


 ミレオは極めて抽象的に答えた。


「……あなた自身わかっているでしょう?そんな答えじゃ納得出来ないわよ」


「そうだね、じゃあ単細胞くんにもわかるように言うよ。僕はね」


 その後に続いた答えは、すぐに飲み込むには難しいものだった。


「空を、駆けて来たんだ」

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