2nd step:俺たちは何のために
「……初対面の人に『お前』は失礼に当たるんじゃないの?どっかで学習しなかったのかなぁ、単細胞くんは」
「なっ!!」
高圧的な態度、上から目線の口調、頭ごなしに言い放つような言葉、相手を
俺の中で嫌な奴認定されたそいつは、手に水晶を持っていた。一瞬、オベリアと何か関係があるのかと疑ったが、どうもオベリアが持っているものとは違う。
俺とオベリアが育った村では、呪術はそこまで発展しておらず、それを使う奴もいなかった。つまり、やはりこいつはよそ者だ。
「マジで誰だよ、おめーみたいな奴見たことねぇんだよ」
オベリアと同じ二人称を使うことすら
「……まぁ、今回はいっか」
不意にボソッとそいつが言った。俺の不快感は、
「僕はねぇ、ミレオっていうんだよ。ちゃーんと覚えときなよ?次からお前とかオメーとか言ったら本気で許さないからな」
ミレオと名乗ったそいつは、すこぶる
「ちょっとー?相手の話もまともに聞けないわけ?それってかなり終わってるよね」
かっちーん、ときた。
ずかずかと歩み寄って
「ファイ、駄目っ!」
「!?」
突如、予期せぬ強い力で進行方向とは逆に引き戻された。
「オ、オベリア?」
驚いたことに、その力の元はオベリアだった。ずっと無言で背後にいたオベリアが、俺の服の裾を引っ張ったみたいだ。
「行っちゃ駄目だよ、ファイ」
オベリアは必死にそう俺に訴えてきた。悲しそうな表情が俺の胸に突き刺さった。
わけもわからず困惑しきっていると、再び背後で
「ふはっ、あはははは!そっか、そうなんだー」
へぇー、とミレオは俺を
「ふふふ、そこのお嬢ちゃんに弱いんだね、わっかりやっすいなぁ、君は」
「何だよ」
人生上、こんな低音を発したのは初めてかもしれない。村に同い年は少なかったため、ここまで神経を逆撫でされる経験も初めてだった。こんなに気にくわない奴とは、出会ったこともない。
「いや、面白いなと思っただけだよ、単純に。それにそこの彼女に興味もあるかな」
「っ!!」
「くっ、ははは。本っ当に単細胞。単純だね、馬鹿って言った方がいい?そーんなに敵意丸わかりにしちゃってさ。そんなんじゃ彼女、いざってときに
ギリギリと耳障りな音が、俺の口内から響いて鼓膜を振動させた。ミレオはまだ笑っていた。常に口元が緩み、こちらを舐めきった本心が見え隠れどころか堂々と表われている。
(何が「丸わかりだよ」、だ!お前だって同じようなもんだろ!!)
大きな赤紫色の瞳は、ずっと俺とオベリアを捉えている。それでも、一部ミレオの言うことが図星なのが、余計に俺の
奴は見抜いているんだ。いろいろなことを。オベリアとどこか似ていて、俺には到底わからない世界で生きている。頭脳の世界で自分の生活が回っている人種だ。
「だってさ、彼女すっごいキレ者だよねー?僕と同じ匂いがしてるよ。いや、ともすれば僕以上かも?どっちにしろ、そーんな彼女が君みたいな単細胞一直線自爆タイプの馬鹿に付いてるってのが超不思議。ねぇ彼女、何でー?」
「こいっつ……!!」
沸騰しきった頭と一緒に俺は肩を
「……だって、一緒にいたいから」
「……え?」
聞こえた静かな声に、呆気に取られた。
(今、なんて?)
「一緒にいたいからいる。それが答えじゃ、駄目なの?」
「オベ……リア?」
オベリアの表情は真剣そのもので、真面目に答えていることは明らかだった。いつも無表情が多く、表情に富んだ方ではないオベリアだけれど、この表情だけは見分けられる。二度と見逃すものかと目に焼き付けた、オベリアの気持ちを映し出す表情。真剣な彼女の顔は、あれ以来、一度も間違えていない。
「一緒にいたい?何それ」
気付けば、ミレオが冷めきった目を向けていた。興味を喪失して飽きたと示すようなものだった。気が向いたらそのままふらっとどこかに行ってしまいそうな雰囲気の中、彼は更に口を開いた。会話はまだ続くようだった。
「一緒って、すっごく曖昧で抽象的な概念でしかないよね。そのことを君は言ってるの?」
「……ええ」
「ふーん、で?」
「……」
俺には、ミレオが訊いてくる質問の意味も意図もわからなかった。こいつは、何を訊いているのか。
「何もない……ただ、それだけ」
「はぁ〜?」
ミレオの
「それだけってさ、君ふざけてるの?人間が一緒にいたいっていう一心で赤の他人と付き合って回るはずないでしょ」
「は……」
ミレオの言葉に反して、俺は言葉を失った。さも当然だと言うように、ミレオがそう言い放ったから。
「お前……何言ってんだ?」
オベリアはどうかわからないが、少なくとも「馬鹿」で「単細胞」で「単純 」な俺にはわかりかねる発言だった。
「はっ、君とは今話してないんだけど〜?っていうか、お前って言うなってさっき言ったばっかなんだけどぉー?単細胞に言っても無駄か。仕方ない、そんなお馬鹿君には出血大サービスで発言を許可してあげるよ。そのうち痛い目見ても知らないけどねー」
「……」
(オベリア、放してくれよ。)
その引き金を引いてくれよ、と俺は願った。行動に出てしまうもので、俺はオベリアをちらりと見た。不覚にも、目が合った。ドキリと弾んだ胸が、不意打ちに痛かった。
オベリアは首を左右に振った。そして言った。
「駄目……彼とは、わかり合えない、みたい」
オベリアがそう言ったとき、俺はとても嬉しくて……更に言えば勝ち誇ったような気持ちになった。
ほら見たことか。お前とオベリアとじゃあ全然違うんだ。だからお前と彼女はわかり合えない。そしてお前が全て間違っている。オベリアが否定したんだから、馬鹿な俺じゃなくて聡明なオベリアがそう言ったんだから、これは紛れもない事実で真実だ。何がお前と同じ匂いだ、ふざけるのも
そんな様々な感情が
俺はなんて子供なんだろう。
そう気付いたのは、ミレオが発した次の言葉を聞いてからだった。遅過ぎるんだ。聞かなければわからない。これもまた、幼く未熟なガキの典型的な特徴で、子供の象徴だった。
「人の気持ちなんて、この世界の上でいっちばん
雄弁に語ったミレオには、揺るがない自信があるように見えた。
「……」
オベリアは、ただただミレオを見据えていた。真っ直ぐに、ひたむきに。何か通じ合えないかと試みているようにも見えた。
オベリアがそうして頑張っている中、俺はやっぱり二人の会話には入っていけないと突きつけられた。
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