1st step:俺とオベリアの未来

 夕焼けは、いつも以上に輝いていた……とは言っても、俺には「いつも」っていうものは存在しないんだけどな。


 俺とオベリアは二人、故郷の村にある牧場の柵にもたれかかって三角詰めで座っていた。小綺麗に両手を膝の上で繋いだオベリアと、だらしなく地に着けている俺、こういうところに性格というものが出るんだって常々思う。それでも、俺たちはいつも一緒に育ってきた幼馴染で、お互いによく知っている仲だ、と思う。

 黒い世界に絶望したほんの数分前から、俺とオベリアの頭の構造が変わったみたいで、俺たちは「物語」の「外」の世界のことを認識し始めた。頭がきれるオベリアは、闇で満たされた世界を目にしてから、ずっとブツブツ何かを呟いている。


「なぁオベリアー、お前さっきから……」


 俺が痺れを切らしてそう言ったときだった。


「駄目よっ!諦めたらいけない、博士っ!!」


「うぉっ!?」


 急に叫びながらオベリアは立ち上がった。


「ど、どうしたんだよ、急に」


 俺は少しビビりながらオベリアに向かって言った。幸い、彼女は答えてくれた、と思ったが。


「ふ……ふぅうう……」


「はぁ!?」


 泣き出した。


「ちょっ!!待っ……えぇぇぇ、おいおいおいまじかよ?」


「ファイぃぃ……」


 そして挙げ句の果てに俺の袖にしがみつく。勘弁してほしい、ただでさえ可愛いっていうのに。


「オベリアー?ちょおっと落ち着いて離そうか。な?」


「博士に見捨てられちゃったあー」


 俺の言葉に耳を貸すことなくオベリアは泣きじゃくる。オベリアがつけている黒いガスマスクの中で彼女の泣き声がこもって響いていた。


「オベリア、まずはその水晶どうにかして。眩しくってしょうがない」


 紫と水色をまとってガンガンと輝いているオベリアの水晶を指して、俺は言った。さっきから目を刺されてきついものがある。


「うぅうぅー……」


 まだ泣きながらも、オベリアは水晶を自分の手の中に包むようにして持った。ぺたんと地面に座り込み、膝の上にその手を置いた。


「博士博士って、外の世界の人か?」


 オベリアの背中をさすってやりながら俺は訊いた。


「う、ん……」


 コクコクとオベリアは頷く。泣きながらの返答は、しやくり上げる体の神経反射で辛そうに見えた。


「私たちを、生み出した人……」


「あぁ、なるほどな」


 頭がいい方ではない俺も、勘づくものがあった。きっと「博士」は、俺たちの生活を終わらせる道を選んだんだ。


「博士は、どこかに行っちゃったのか?」


「うん……なんか、もう、見えないの……」


「それじゃあ、俺たちは……」


 俺たちのこれからは、どうなるのだろう。俺たちは、これからどうすればいいのだろう。


 数時間前、俺とオべリアは旅立つのに十分な年齢に達し、ついに村を出ることにした。俺とオベリア二人の、小さい頃からの夢だった。


(でも、その後は……?)


 俺とオベリアは、その後どうすればいいんだ。村から出れば、何かがあると思った。何か新しいものに出会えると思った。新しい何かがひらけるんだと思った。ところが、どうだった……?蓋を開けてみれば、何もなかった。俺たちが夢見たものは、何も。先の見えない、禍々しい空気だけが全てだった。

 きっと、博士はそうしたかったわけではない。俺たちを、愛情と想像で、あるべき道に導くつもりだったはずだ。そうでなければ、今まで俺たちに与えてくれたものは、なんの意味も持たなくなる。全てを与えておいて、最終的には俺たちを絶望の淵に落とす。これが目的だったのであれば話は別だが、そんなことのために労力をくというのは、考えづらかった。


「ファイ、私たちこれからどうしよう……」


「……」


 俺とオベリア以外の「登場人物」たちは、今の事態に気付いていないようだった。俺とオベリアは、こっそり村に引き返してきて、ひっそり牧場の片隅に来た。だから、村の人たちはきっと俺たちが旅立ってすでに遠くまで行ってしまっていると思っているだろう。


「くそっ……」


 あてのない怒りと、どうしようも出来ないやるせなさが胸の中で溢れかえる。俺とオベリアが思い描いてきた未来は、開始早々ぶっ潰された。


 ***


「……オベリア、やっぱり出よう」


 いつまでそうしていただろうか。空からはいつの間にか星が消え、朝日が起き、今はその太陽も遥か遠くの山間やまあいに消えかけていた。そんな中で、俺が口火を切った。


「へ?」


 オベリアはぽかんとしていたが、俺は続けた。


「この村を出るんだよ、オベリア。俺と二人で、昨日みたいに」


「っ……」


 オベリアは、一言で言うと怯えていた。昨日見たあの光景を思い出したのだろう。夢も、希望の欠片もない、心を打ち砕くだけの、あの闇を。


「どう、やって……」


 オベリアは言った。とても弱々しい声で、俺に訴えかけていた。いつだって、俺の提案はオベリアには理解されてこなかった。けれど、いつだってそれで正面突破してきた。だから俺は自信を持って言う、それしかないんだ。


「わからないよ」


 俺は言った。そして間髪入れずに続けた。オベリアには何も言わせなかった。


「わかるわけないだろ、さっき見たあの世界、わっけわかんなかったよ。オベリアだってそうだろ?俺だって同じだよ。それどころか、オベリアよりもわかってないよ。知ってるだろ、俺は頭が良くないんだ。けどさ、ここでこうしてたって何も変わんないだろ?どうせ何もないんだったら、全部納得してから諦めようぜ。だって、俺たちここで終わんのかよ?」


「でも……」


「でももだってもなし!行こうぜ、理詰めでわかんないことだってあるんだよ。そういうときは、行動してみるに限る!」


 オベリアは、ただただ不安そうに俯いて、膝の中に顔をうずめていた。けど、俺は知ってるんだ。こういうとき、大抵はオベリアが折れるんだ。だって、俺に反対するときは、オベリアはいつだって即答で却下の意を示すから。考えてるときは、俺に対して賛成する方に傾いてるとき。そして反対するもう一人の自分を打ち消しているとき。オベリアは今、自分の中にある不安に打ち勝とうと頑張ってくれている。


「……うん」


 しばらくして、オベリアはそう答えてくれた。後先のことは何もわからないけど、とりあえず村の外にもう一度出てみるということで折り合いをつけたようだった。何でもよかった。オベリアの言う「博士」、俺たちを生み出したその人が続けられなかった俺たちの物語を、易々やすやすと諦めることが嫌だった。俺とオベリアが思い描いてきたものを、得体の知れない「何か」に潰されるのがたまらなかった。だから俺は決めたんだ。


 俺たちを終わりになんてさせない。


 俺とオベリアは手を取り合った。先の見えないこの物語を、なんとしてでも続けさせてやると、胸に誓った。俺は道を、こじつけてでも拓いてみせる。最後まで……俺とオベリアが死ぬその終結エンディングまで辿り着いてやるんだ。


 ***


 何度見ても、気分のいいものじゃあなかった。俺とオベリアは、何度だって絶望できると思った。この異空間は一体何なのだろう。


「オベリア、体調とか大丈夫か?」


「うん」


 こくりとオベリアは頷いた。それを見て俺は心底ほっとした。さっき泣き出してしまったときは、本当どうしようかと思った。


「そっか。じゃあ行ってみるか」


 どうしても意気込んで言えないのは、俺にも少なからず恐怖心というものがあるからなのだろう。なんだかそれが悔しかった。振り払うように俺は駆け出してしまいたかった。それこそもう村に戻れなくなるところまで。そうやって、自分の中にある甘さに、諦めという名の終止符を打ちたかった。でも、そんなやり方でしか立ち向かえない自分も嫌だった。けれど、そんな不安定な心境の中でも俺が真っ向から自分の心に立ち向かえるのは、オベリアのお陰だった。オベリアを置いて駆け出してしまうわけにもいかないし、二人ならゆっくりでも歩いていけるという安心感があった。俺は、隣にオベリアがいればきっと大丈夫だと思えた。


(不甲斐ない話なんだけどな、幼馴染の女の子がいないと一人じゃ何にも行動できません、なんて……)


「……」


 俺は、ちらりとオベリアを見た。彼女は、ひどく落ち着いているように見える。けれど、俺が困っているのはそこじゃなくて。


(オベリア、今お前は何を思ってんの?)


 オベリアの本心が見えないことだった。元々、人の心情に鋭敏えいびんな方ではなかった。それなのにこの幼馴染といったら……俺には最大の難関だった。全然わからない。何を思って、どう感じているのか。顔の半分がガスマスクで覆われているというのもあるかもしれないが、それを抜きにしたって他の奴らより格段にわかりづらい。さっきだって突然泣くし。

 一人で先に状況や物事を理解してしまい、それを周りと共有出来るほど器用でないオベリアの性格も原因かもしれない。彼女は、本当にさとく、その分村の中ではどこか浮いてしまっていた。

 そしてこの難題に対して一番俺が困るのは、オベリアを守ってあげられない、ということだった。過去にもあった。オベリアが悲しんでいるのが、悩んでいるのがわからなくて、結果彼女を傷つけた。今だって、落ち着いているように見えても、もしかしたら不安や恐怖で立ちすくむ思いなのかもしれない。心は震えているのかもしれない。

 俺にはそれが、読み取れないから。

 でも、他の奴らと一緒に、オベリアを理解出来ないままなんて、地獄に落ちるよりも嫌だった。だから精一杯の努力はしてきたつもりで、これからだってする。俺はいつだって、励み努めることでいろいろなものを乗り越えた奴だから。そうすることでしかこなせないんだ。何でもそつなくこなせるほど、器用じゃないんだ。これは、ガキの頃から嫌ってほど味わって実感させられた俺の性質。一生向き合うと、俺は決めた。母さんに、誓った。だから……。


「ファイ?」


 ハッとして横を向くと、オベリアが俺の顔を覗き込んでいた。オベリアの顔を見ていたはずが、いつの間にか空を見上げていた。きっと、ぼーっとしていたのだろう。オベリアの表情に、心配が浮かんでいる。


「あ、悪い。俺、ぼさっとしてた、か?」


 いろいろなことを考えてしまっていた。最初は、何を考えていたんだっけ。いつからか、他のこともにじむように混ざってきて……そうだ、オベリアのことを……。


「うん……なんか、視線、感じるなぁ〜なんて思ってたんだけど、少ししてからチラッて見たら、ファイが空見てずっと固まってるから……大丈夫?」


 挙げ句の果てには逆に心配されてしまった。情けない。しかも視線感じられていただなんて、死ぬほど恥ずかしい。気持ち悪い奴か、俺は。


「大丈夫だよ、ちょっと、な」


 苦く笑った。オベリアも少し笑ってくれた。そういう優しいところが、やっぱり可愛かった。


「ねぇ」


 背後から、聞き慣れない声が降って湧いた。


「……わぁ〜お」


 声の持ち主は呑気のんきにかわす。のらり、といった感じだった。振り下ろし、干ばつでひび割れた地面に突き刺さった斧を引き抜き、俺はそいつと対峙する。刃先を向けて、鋭く、強く、刺すように。意識して睨みつける。


「誰だよ、お前」

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