断絶物語

雪猫なえ

no step「途絶えた物語」

「オベリア……」


「……ファイ」


 俺とオベリアはただただ立ちすくむ。目の前に広がる紫の雲が詰め込まれた空、底の見えない崖、飛んでいるからすのような漆黒の鳥。そのどれもが、異端だった。


「これは……一体何なんだ……」


禍々まがまがしい……」


 オベリアはそう言った。そして俺は後ろを振り向く。




 そこには、




 咲き誇る花々、澄んだ青い空、瑞々みずみずしく生い茂った草、ぽつぽつと並ぶ家々、肌を撫でる柔らかな風、のどかな風景……それは、俺とオベリアがいつも見てきた、触れてきた、温かい光景だった。親切で優しい隣のおばさん、犬猿の仲だった同い年のライバル、日々の鍛錬に明け暮れた稽古場の師匠……出会ってきた数々の人たちが脳裏に浮かんだ。

 みんなに無性に会いたくなった。今、俺の胸中にあるのは大きく渦巻いた不安だけ、目の前には、闇、振り返れば、日常、そんな異常な光景が、俺の胸をざわざわとむしばむ。ばくばくと心臓がwうるさい。


「博士が消えてしまったんだわ……」


 オベリアが突然膝をつく。


「もう戻ってこないかもしれない……!」


 見えないの、彼女はそう言って崩れるように座り込んでしまった。彼女の黒髪が、跳ねる。俺はオベリアの手元から落下した水晶を受け止める。幼い頃から扱ってきたオベリアの水晶にも、もう慣れた。扱い方や動きにも慣れ始めて、対処だって出来るようになってきた。だから、俺とオベリアは二人で旅路に着いても大丈夫だと思った。そんな矢先だった。


「やっと始まると思ったのに……」


 絞るように、俺はうめいた。そう、始まると思っていたんだ。だからこうして、村の外に飛び出してきたんだ。オベリアと一緒に。それなのに。


「どうして、今なんだよ」


 終わったんだ。俺とオベリアの物語は、終わった。

 いや、途切れたんだ。始まってもいなかった。だって、俺とオベリアは、生まれてから、本当は一年と経っていないんだから。

 思い描いた人たちも、見慣れたと語った風景たちも、全て。生まれて、俺とオベリアの脳に焼き付けられたもの。そういう「設定」たち。俺たちに、それほど馴染んでいるはずがないものにも関わらず、俺が身近に感じることが出来るのは、そういうことなんだろう。


 オベリアは、博識の持ち主だった。そして、先程から、目覚めたようだった。この物語の「外」に対する認識が。


 俺たちが、「登場人物」でしかなかったということに。

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