Soundy Worddss

 透き通った世界ならいらない。そんな、ヒネた女子学生だった。わたし。

 なにもかもクリーンで見通せる世界であるならそれは、

 濁りがほしかった。なにもかもビジュアリィにクリーリィなこの世界は、

 わたしにとってはあんまりにもなんにもないのと等しかった。


 透き通る、というのはすべてがイデアルにポジショニングされた状態のことを指す。

 この社会も透き通っている。

 そう。ヒト素材のツールで満たされた世界は、つまり、――ああ、透き通っている。



 機能美。なんて古めかしい言葉でしょう。そもそもいまどき、漢字を組み合わせて表現するなんてナンセンス。

 わたしだって現代のここの人間だから、それなりにサウンディワーズ、使えるよ。わたし知ってるもん、サウンディっていうのはサウンドっていうむかしむかしの公用語みたいな西のかなたの言葉からきてて、ワーズはワードの複数形、

 だから音の響きを最重要視した、ことばのむれよね、言葉群、――ああだから漢字がみっつもなんてダッサいでしょ、いまどきの女子学生っぽくないもの、わかるけど、けどねえ、……やっぱりつかっちゃうのよねえ。



 そもそもわたしの思考ベース言語がね、だって、遅れているのだし。

 わたしは思考ベース言語を日本語フォーマットにしているの、

 いまどきそんなんやめなよお、って、家でも教室でも彼氏といたって、笑われる。

 ……言語はいまどきもちろん習得の必要など、ない。わたしたちと同居するかのように埋め込まれたアイデンティファイ・デバイス、ピースの設定をちょいといじればそれでいい。思考ベース言語フォーマットを、カスタマイズな日本語フォーマットから、地球標準的サウンディワーズ・フォーマットに変更すれば、それだけで済む。

 そうしてみてどうしても嫌なら日本語に戻せばいいじゃん、ってみんなが言うのだ。……サウンディワーズにしないひとなんて、ほかにいないでしょ、そういうコダワリやめなよって、こだわり、……拘りというシニフィアンはいったいサウンディワーズではなんと表現するのかな? 体感では、知りたくないけど……ことばのことなら、ほんのちょっとは、興味はあるかもしれないね。



 どうしても、嫌なのよ、……地球標準のサウンディワーズは。

 どうしてだろう? でも、だってそしたらわたし、口を、お、う、い、え、子音も加えて、ど、う、し、て、

 そう言ったって――どうして? って意味にならなく、なっちゃうのよ、わからなくなる、

 わたしは――日本語って、それなりに気に入ってんだからね、オキニ、……ああオキニっていうのはもうずうっとずうっとそれこそ千年規模でむかしの、わたしみたいな女子学生たちが好んでつかっていた、流行り言葉だっけ? ……情緒が、あるな。



 そりゃ、いまどきすべてのシニフィアン――つまり日本語的にいうならその言語の意味部分ってことだけど、

 いまどきすべてのシニフィアンは、日本語フォーマットであれどこの言語フォーマットであれ、おなじだけど、

 でもいまどき旧来民族型言語で思考してるなんて、ヘンだよ、

 サウンディワーズ・フォーマットを導入しなよ、「旧来民族型言語」なんてしかめっつらしいシニフィエな文字、並べなくたって、そんなのほらねオールディ・ランゲージで済むよ、そうだねグッド・オールド・デイズだね、って――。



 ……わたしだって、すこしなら、こうやってサウンディワーズを――というかそれらの単語を、思考に採用している。

 でも。……でも。


 ……わたしは、日本語というものが、好きだ。

 たとえ、もう実質的に滅びかけていても。趣味人の退屈しのぎ、程度でも。

 ずっとかたくなに日本語を思考ベース言語にしてきたわたしは、

 ……日本語、以外を通して、

 その窓から世界を見るのがもうこわいんですよいやなんですよ。



 サウンディワーズで思考しているであろう身近なみんなはきっとサウンディワーズとして発話してる、

 わたしはそれをカスタマイズ設定である日本語で、受け取る。



 家族。学校。彼氏。

 大好きで大好きで身近な彼らは、きっとあくまでも底抜けの善意で、

 そしてそれでも頑固すぎるわたしを赦すかのようにいつもぐっとなにかのみこんだような、おとなな表情で、

 言う。



「ヒロムは、変わり者だからな。

 でも仕方ないな! ヒロムはいまどき、日本語でものごとを考え、捉えてるんだろ。

 それなら、……そりゃもはやほとんど言語の種類によって、意味の齟齬など発生しないとはいっても、


 その誤差みたいなところで――ヒロムは、変わり者になっちゃってるんだろ、はは、……だいじょぶ、だいじょぶ!」



 ……オールオーケイ、オールオーケイ。

 だいじょうぶ、っていうのはサウンディワーズではそのような音の響きとなることくらい、……わたしだって、女子学生らしく、雑学的に、知っているのだ。




 ……ね。ところで、さ。

 ヒロム、ってわたしの名前なんだけど、さ。


 みんなが古い古い古めかしいっていう、日本語、そのひとつの表現である、漢字、

 それを当ててみたところね――広い夢って、書けるんだよ、

 ヒロムは日本語なら広夢だったのかもしれない、



 けど、ほんとうのところは、なにも知らない、……サウンディワーズのことを日本語のように知っていこうとは、思えないから。

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