58.青薔薇のお茶会5
「大切な人?」
小首を傾げるクリストファー様は、意味が良くわかっていないご様子。それを見たアンジェリカ様が、思わず吹き出してしまいました。
アンジェリカ様に視線を向けて、今一度首を傾げられています。そして、何かを思い立ったのでしょう。ロザリア様に向き直り、優しく頭を下げて撫でました。
「ロザリーが一番、大切だよ」
優しく微笑むクリストファー様に、ロザリア様は目を細めて笑いました。
「ふふ、私もお兄様が大好きよ」
クリストファー様に抱きつくロザリア様を呆然と眺めている皆様の心境は、お察し申し上げるとしか言いようがありません。
多分、ロザリア様に牽制されていることを感じ取ったのは、アンジェリカ様くらいでございましょう。何か言いたげにロザリア様を見ておりますが、口には出しません。
アンジェリカ様のご様子からも、彼女はクリストファー様に恋心は抱いていないのでしょう。
残りのお二人は、クリストファー様の気持ちが少しも向いていないことに、落胆の色を隠せずにいるようです。
この一年、クリストファー様の人気は目覚しいものでございました。人気が出れば沢山の噂が飛び交うものです。マリアンヌ様との婚約の噂もその一つ。ロザリア様の真意はわかりかねますが、今回のお茶会で「クリストファー様の恋のお相手はまだいない」という真実が流れれば良いのですが。
ロザリア様も満足したのでしょう。クリストファー様から離れると、新しい話題を振りました。最近の流行りや、アカデミーでの勉強、夜会の話。ロザリア様は様々な質問を皆様にぶつけ、それに対して皆様が答えていくという図式が出来上がります。
クリストファー様は、時折口を挟む以外は頷く程度で、基本は女性陣が楽しくお喋りをしておりました。
皆様が会話に夢中になっている時、クリストファー様は私に目配せをしてきました。何事かと近くによれば、耳元でそっと「ブランケットを持ってきて」と囁かれました。
畳んだブランケットを手渡すと、クリストファー様はそれを広げ、ロザリア様の肩に掛けました。ロザリア様は一旦会話を止め、パチクリと瞬きし、クリストファー様に顔を向けておられます。
「少し、日が傾いてきたから」
まだ日差しはサロンに届いて来ていますが、少しずつ陰って参りました。クリストファー様は、体調の悪いロザリア様をいつもご覧になっていますから、ご心配なのでしょう。
ロザリア様は嬉しそうに微笑みました。
「お兄様、ありがとう。あったかいわ」
ロザリア様の笑顔に、クリストファー様の顔も綻びます。そんな二人の様子を見つめている皆様は、ほうっとため息をつかれました。
「本当に貴方達は仲が良いのね」
アンジェリカ様が、関心しながらも、薔薇のケーキを口に運んでおられます。「あら、美味しい」と小さく呟いたのを私は聞き逃しません。ウィザー家お抱え料理人の力作を、喜んで頂いたことは後でご報告しておきましょう。
「双子だからね」
さも当たり前の様に、クリストファー様が頷きました。ロザリア様も同意の様です。無言で笑っておいでです。
「仲も良いですけれど、本当にそっくりなんですね、双子って」
レベッカ様が頬を染めながら、二人を交互に見ております。マリアンヌ様も同意する様に頷きます。
「本当よね。やっぱり、これならロザリア様の振りして夜会に参加されてもバレないんじゃない? 一度やってみたらいかが?」
「またその話か……」
楽しそうに笑うアンジェリカ様の言葉に、私が驚いて反応しそうになってしまいました。危ない、危ない。平静を装います。私は空気でございます。
しかし、クリストファー様は慌ててはおりませんでした。もの言いたげな目をアンジェリカ様に向けておいでです。クリストファー様の口ぶりからも、一度似たようなお話をされているみたいですね。
「だったら、私もお兄様の振りをして、アカデミーに通ってみたいわ」
ロザリア様は、両手を口元で合わせて、楽しそうな声を上げました。アンジェリカ様の言葉に動じなかったクリストファー様も、今度は驚いて目を大きく見開いております。
「ロザリア様も背が高くてスラッとしていらっしゃるから、クリストファー様の洋服が似合いそうですね」
控えめに微笑みながら同意するマリアンヌ様の言葉に、レベッカ様も頷きました。
まあ、既に性別が逆なので、似合うも似合わないも、本来のお姿に戻るだけなのですが。そんなことを知るよしもない皆様は楽しそうです。
先程から、アンジェリカ様の一言一言が危険過ぎて、外野の私が身構えてしまいますね。
そんな冷や汗をかく場面もどうにか切り抜けながら、クリストファー様とロザリア様の初めてのお茶会は、日没と共に幕を閉じました。
アンジェリカ様は、薔薇のケーキを大層気に入ったらしく、ペロリと平らげて行きました。マリアンヌ様は、猫のマリアンヌ様との別れが辛そうでございます。
「また、遊びに来ても良いですか?」
潤んだ瞳で見上げて、クリストファー様にお願いする姿はとても可愛らしく、普通の男ならコロリと落ちてしまいそうなものです。
「勿論だよ。またマリーに会いに来て」
クリストファー様の、一見優しく聞こえる言葉にも、めげずに頷いておりました。マリアンヌ様は、本当は猫のマリアンヌ様との別れが惜しいのではなく、クリストファー様との別れが惜しいのでしょう。女心は複雑です。
「私も! 私もまた来たいです……!」
レベッカ様が対抗する様に、マリアンヌ様の横に並びます。クリストファー様は、そんな彼女にも笑って見せました。
「レベッカ嬢も猫が好き?」
多分、猫が好きだから対抗しているわけではないのですが。とびきりの笑顔を向けられて、レベッカ様は思わず「はい」と頷いておられました。
「母上のお茶会でも、マリーに会えるようにお願いしておいてあげるよ」
多分、猫のマリアンヌ様に会いたいわけではなく、クリストファー様に会いたいのだと、私は思うのです。
真意がうまく伝えられなくて、ガックリと肩を落とすレベッカ様に、少しだけ同情してしまいそうになりました。
かくして、今日のお茶会は、すぐに「青薔薇のお茶会」と名付けられ、王都の貴族の中で話題となりました。
お茶会を無事に終えることができ、ウィザー家に仕える者一同、ホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもありません。
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