57.青薔薇のお茶会4
ロザリア様のお願いに頷いた皆様は、顔を見合わせてました。目と目で順番を相談しているようでございます。
ロザリア様はそんな様子を見ながら、静かに微笑んでおります。どんな話が聞けるのか、ロザリア様ではありませんが、私も楽しみになってきました。
市井で仕入れることのできる情報は沢山ありますが、クリストファー様と直に接している方から印象を聞くことは、なかなか無いものですから。
私の耳も大きくなっておりますが、隣の侍女二人も、耳を大きくしてそわそわしております。
皆様の静かなる会話で、アンジェリカ様が筆頭を務めることが決まった様です。彼女は腕を組んで顎に手を当て、斜め上を向いて少しだけ思案すると、不敵な笑みを浮かべました。
「基本的にフェミニストよね。女の子には優しい。けれど、男性とは一歩距離を置いている節があるわ。男が嫌いなのかしら」
自分も男なのにね。と、アンジェリカ様は笑いました。なかなかの洞察力です。クリストファー様は男性を触ることが叶いませんから、男性と距離を置いているのも当然なのですが、アンジェリカ様にはしっかりと勘付かれておりましたか。
これは気をつける様に、クリストファー様にお伝えしておいた方がよろしいでしょう。
アンジェリカ様に視線を送られたマリアンヌ様は、身を縮ませながら、ほんの少しだけ顔を上げました。
「あの、とても……とても優しい方です」
少し離れた所にいる私が、ギリギリ聞こえるような小さな声で、マリアンヌ様は話し始めました。
落ち着かせるように、ティーカップを両手で包んで、口に運ぼうとしていますが、緊張が解けないのでしょう。うまく口元まで運べていません。
皆様、ヒヤヒヤしながらそんな彼女の様子を見ております。
「まあ、外でもお兄様は優しいのね。例えばどんな風に優しいのかしら?」
ロザリア様の陽気な声が、マリアンヌ様に追い打ちをかけます。肩を震わせながらもどうにか一口紅茶を飲むことが出来たマリアンヌ様でしたが、ロザリア様の一言により、咳き込んでしまいました。幸い、紅茶が溢れたりはしなかったのですが。
「え、えっと……。目の前で転んだ時に助けて下さったり、き、緊張してる私に……その、魔法をかけて下さったり……」
マリアンヌ様は、尻すぼみになりながら、どうにか言い終えると、顔を真っ赤にして俯いてしまわれました。
魔法とはなんでしょうか? 少し気になります。ロザリア様を見れば、訳知り顔といった感じですので、魔法のことはロザリア様にこっそり聞くのが良いかもしれません。
マリアンヌ様の向かいに座るレベッカ様は、ジッとマリアンヌ様を見つめております。お二人の間には何かありそうですね。少し、気になります。
「お兄様って外でも優しいのね。レベッカ様は、どうかしら?」
「はい。クリストファー様は、皆の憧れですわ。お茶会でも、いつもクリストファー様のお話になります」
「まあ! 私もそんなお茶会に参加してみたいわ。お兄様のお話が聞けるお茶会なんて素敵ね」
ロザリア様は、両手を頬に当てて、身を乗り出しました。
「私も、是非ロザリア様にも来て欲しいです。でも、まだ外には出られないのですよね?」
「ええ、そうなの。でも、ずっとベッドの上にいると根が生えそうになるんだもの。皆、過保護なのよ」
ロザリア様は口を尖らせておりますが、まだまだ自由に歩き回れる様な体調ではありません。無理をすれば、すぐに体調を崩されるのですから。
「私も外に出てみたいわ」
ふぅっと、これ見よがしにため息をつくロザリア様ですが、皆様どう答えて良いものか、悩んでいる様です。
しかし、誰かが答える前に、扉が叩かれました。皆様の視線が、扉に移ります。クリストファー様が猫のマリアンヌ様をお連れして入ってきました。そういえば、マリアンヌ様も今回のお茶会に参加すると聞いていたのをすっかり忘れておりました。
上機嫌な猫のマリアンヌ様は、クリストファー様の腕の中で大人しくしております。
「駄目だよ、ロザリー。まだお医者様も外には出てはいけないと言っているんだから」
「あら、お兄様。聞いていらしたの?」
咎める様な声に、ロザリア様は目を大きく見開いて、クリストファー様を見ておいでです。クリストファー様は返事をする代わりに、肩を竦めました。
クリストファー様は、扉の一番近くに座るマリアンヌ様の元で足を止めると、腕の中で大人しくしている猫のマリアンヌ様を、彼女に引き渡しました。
「マリアンヌ嬢、マリーとまた遊んでくれる?」
「はい……!」
マリアンヌ様に花のような笑顔が咲きました。猫のマリアンヌ様も、大人しく彼女の腕に納まることにしたようです。お二人は、いつの間にか仲良しになっていたようですね。
驚きの声をあげたのは、アンジェリカ様でございました。
「貴方、猫なんて飼っていたの?」
「マリアンヌって名前なんだ。彼女も今日は参加させて貰っても大丈夫かな?」
「ええ、大人しそうだし、問題ないけれど。それにしても同じ名前なのね。わかりにくいわね」
アンジェリカ様は綺麗な顔を歪めて、マリアンヌ様と猫のマリアンヌ様を交互に見ております。
「この子のことは、マリーって呼んであげて」
マリアンヌ様の腕の中にいる猫のマリアンヌ様を撫でると、クリストファー様はにっこりと笑いました。
「マリアンヌ……」
レベッカ様が、猫のマリアンヌ様を見ながら、ポツリと呟きました。その時、マリアンヌ様の肩がピクリと揺れたのを、私は見てしまいました。
「レベッカ嬢は会ったことがあったかな?」
クリストファー様が小首を傾げると、レベッカ様は大きく横に首を振りました。
「いえ、今日初めてお会いしました。でも、春にお会いした時にお探ししてたのって……」
「そう、この子だよ。あの時はマリーとレベッカ嬢の瞳の色が同じだったから、マリーが人間になってしまったのかと思って、とても驚いた」
クリストファー様は楽しそうに笑いながら、ロザリア様の隣に腰掛けました。
以前、クリストファー様とロザリア様と一緒にお茶会をした時の話でしょう。確かに、猫のマリアンヌ様を探して、奥様のお茶会に乱入した事件がありましたね。
レベッカ様は、何度も長い睫毛を瞬かせておいでです。マリアンヌ様と何かあったのでしょうか。マリアンヌ様はまた、肩や背を丸めて小さくなってしまいました。
「お兄様、レジーナ様はお帰りになられましたの?」
「ああ、用事は済んだからね。それで、今まで皆と何を話していたのかな?」
自分自身の話をされていたことなど、露程も思っていないクリストファー様は、皆様の会話の内容が気になるご様子。
ロザリア様は、楽しそうに笑いながらも、首を横に振りました。
「教えないわ。乙女の秘密だもの。ね? 皆さん」
ロザリア様が問えば、皆様は頷き返されます。クリストファー様が、小さく眉をしかめ、最後に私にまで視線を向けました。しかし、さすがにここにいる皆様を敵に回すことなどできません。私は力なく首を横に振るのみでございます。
「私だけ仲間はずれか。寂しいな……」
寂しそうに眉を下げる様子に、レベッカ様やマリアンヌ様が何か言いたそうに口を開きかけ、アンジェリカ様の強い視線に止められております。
これが、乙女心を擽る表情ですか。成る程、勉強になりますね。
「うふふ、嘘よ。お兄様のお話を聞いていたの」
「私の?」
「ええ、だって、こんなに綺麗で可愛い女性に囲まれているのでしょう? お兄様にも大切な人が現れてもおかしくはないと思ったの。妹としては、知りたいわ」
ロザリア様は悪戯っ子みたいに笑いました。ロザリア様は、なんと無慈悲な言葉を発することでしょうか。クリストファー様は、女性なのですから、誰かと恋仲になることなどあり得ないというのに。
ロザリア様の言葉に、三者三様の視線が集中しました。
アンジェリカ様の楽しそうな視線、レベッカ様の縋るような視線、マリアンヌ様の不安そうな視線。それぞれの視線が言葉を発したロザリア様ではなく、クリストファー様にそそがれました。
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