56.青薔薇のお茶会3
呆然と立ち尽くすレジーナ様と、困惑しているクリストファー様。訳知り顔のアンジェリカ様。他二名の令嬢は、不安そうにレジーナ様を見つめております。
ロザリア様の表情は、私の場所からでは見えません。抜かりない方ですから、きっと、相応しい表情で局面を迎えていることでしょう。
「レジーナ嬢?」
クリストファー様は首を傾げ、何度も瞬きしておいでです。彼の声に我に返ったレジーナ様は、目を見開き、クリストファー様とロザリア様を見ました。
ロザリア様が、首を傾げると、レジーナ様のお顔は段々とタコの様に赤くなっていくではありませんか。噛み締めた唇からは、赤い血が浮き出て参りました。握りしめた両手は、小刻みに震えております。
「ああ、そうだ。レジーナ嬢には、アカデミーの件で来てもらうことになっていたね。ごめん、忘れていた」
廊下には、クリストファー様の明るい声が響きました。三人の令嬢方も、レジーナ様も目を見開いてクリストファー様を見ております。当の私も、この展開についていけず、何度も瞬きしてしまいました。
「ごめんね。皆、ロザリー。少し彼女と話があるから、先にお茶会を始めていてくれる?」
後ろを振り向き、三人の令嬢に笑顔を見せ、ロザリア様に視線を向けると、優しく微笑みました。
「お兄様……」
ロザリア様から困惑の声が響きました。ロザリア様も想定外だったのでしょう。けれど、クリストファー様は笑顔を絶やさず、私に視線を向けました。
「シシリー、皆様をご案内して。レジーナ嬢は客間に」
クリストファー様はするりとロザリア様の元を離れ、レジーナ様の元へと行きました。事の次第を呆然と眺めていた侍女の一人が、慌てて客間に案内を始めます。私もそれに倣って、皆様をサロンに促すことにしました。
「皆様、こちらでございます」
慌て過ぎて、初めてお通しするような口ぶりでご案内してしまいましたが、皆様既に一度通されていたのでした。お恥ずかしい。
皆様、気にすることなくサロンに入って下さいました。
サロンでは二名の侍女が、何事も無かったかの様に佇んでおりました。
真四角のテーブルを囲う様に一人がけの椅子が三脚、長椅子が一脚用意されております。長椅子にはロザリア様が、クリストファー様の分を開ける様に座りました。
「だ、大丈夫でしょうか……」
不安げに栗毛の令嬢が小さな声を出しました。彼女はウェルザー男爵家令嬢のマリアンヌ様。唯一クリストファー様のエスコートを勝ち得た方だった筈。何度も心配そうに扉を振り返ります。
「大丈夫よ。彼なら」
アンジェリカ様が自信満々に言って、口角を上げました。クリストファー様から度々お聞きする様に、女王様の様な佇まいでございます。
「お兄様の心配は無用ですわ。それよりも、お兄様がいない間にしか聞けないお話が聞きたいわ」
ロザリア様は、場の雰囲気を変える様に、両手を胸の前で合わせて、明るい声をあげました。私達侍女は、皆様のお邪魔にならないよう、新しい紅茶をお入れするのみでございます。
「いけないわ。その前にお名前をお伺いするべきだったわ。私はロザリア・ウィザーと申します。家族以外の方と話すのは六年振りなの。仲良くしていただけると嬉しいわ」
クリストファー様と同じ様に、にっこり笑うロザリア様に、アンジェリカ様以外の二人の令嬢がポッと頬を染めました。
ロザリア様は次を促す様に、正面に座るアンジェリカ様に視線を移しました。アンジェリカ様は澄ましたお顔で、皆様を一瞥致します。
「私は、ミュラー侯爵家令嬢アンジェリカよ。『お兄様』とはアカデミーで一緒なの。よろしくお願いします」
ロザリア様に勝気な視線を向けて、にっこりと笑いました。ロザリア様は「よろしくお願いしますね」と返しながら微笑むのみでございます。
次にロザリア様は左側に座る、亜麻色の髪の可愛らしい令嬢に視線を向けました。
「私は、レガール伯爵令嬢のレベッカと申します。ウィザー公爵夫人のお茶会には何度か参加させていただいております。よろしくお願いします」
「まあ、お母様のお茶会に来ていらしたのね。嬉しいわ」
緊張した面持ちのレベッカ様ですが、ロザリア様の笑顔に、上がっていた肩を下ろされました。最後にロザリア様は、右側に座るマリアンヌ様に視線を向けました。
マリアンヌ様は、膝の上で、両手を握り締めると、小さな声を絞り出しました。
「私は、ウェルザー男爵令嬢の、マリアンヌと申します……。よろしくお願いします……」
皆様の視線を受け、肩はどんどん内側に寄り、小さくなっていきます。恥ずかしがり屋だという情報は得ていましたが、ここまでとは。よくこのお茶会に参加したものです。
「まあ、マリアンヌ様! 素敵なお名前ね」
ロザリア様はきっと、ウィザー家の猫、マリアンヌ様を思い浮かべておいでなのでしょう。にこにことマリアンヌ様を見ております。見られれば見られる程に、小さくなっていくマリアンヌ様。もう、内側に寄せられる場所は無さそうです。
「それで、『お兄様がいない間に』何が聞きたいのかしら?」
アンジェリカ様が、単刀直入に聞いてきました。駆け引きは嫌いな方なのかもしれません。ロザリア様は、口元を手で隠して、小さく笑いました。
「折角ですもの。外でのお兄様のご様子をお伺いしたいの。私、アレクセイ様のお手紙に書かれている内容以外は、お家の中のお兄様しか知らないのよ」
両手を頬に当て、恥ずかしそうに皆様を見渡す姿は正に可憐の一言に尽きます。しかし、皆様、呆然とロザリア様を見ていて、返事がござきません。
何があったのでございましょうか?
「私、何か変なこと言ったかしら?」
ロザリア様も意味がわからないのか、首を小さく傾げております。この何とも言えない空気を壊したのは、アンジェリカ様の咳払いでした。
「皆さん殿下の名前が出て、少し驚いているのですわ」
「あら、アレクセイ様のお手紙のお話は内緒だったかしら?」
勿論、殿下の恋文の話が世間を賑わせていたことなど、ロザリア様は百も承知の筈。
「いいえ、殿下のことを名前で呼ばれているのを聞いたのは、クリストファー様くらいでしたから」
落ち着く為か、アンジェリカ様は紅茶を二度、喉に流し込みました。
成る程。確かに王太子殿下を気軽に名前で呼べる方は早々いらっしゃいません。クリストファー様が「アレク」などとお呼びでしたから、私もそれが当たり前になっておりました。
「あら、ごめんなさい。こういう時は『殿下』とお呼びした方が良かったわね」
「いえ、いいのよ。ここは公式の場ではないのだし」
アンジェリカ様の言葉に、二人の令嬢も頭を何度も縦に振っております。ロザリア様は、胸に手を置いて、はにかむ様に笑いました。
「良かったわ。皆さんがお優しくて」
ロザリア様の笑顔に、またレベッカ様とマリアンヌ様はポッと頬を染めておいでです。
「あの、王太子殿下とはどの様なお手紙をいただくのですか?」
レベッカ様は、興味深々という様子で身を乗り出してきました。マリアンヌ様も興味があるのでしょう。少し、丸まった背中が縦に伸びました。
アンジェリカ様は気にならない様子で、ティーカップを口に運んでおりますが、視線はロザリア様に向いています。
「そうね……。殆どお兄様のお話よ。王宮ではどんなことをしている、とか。こんなことが有ったとか。アレクセイ様ったら、お兄様のことが大好きなんだわ」
ロザリア様は口を尖らせながらも、楽しそうに笑っておいでです。皆さん、そんなロザリア様を微笑ましげに見ておりました。しかし、ロザリア様は思い出した様に「あっ!」と声をあげたのです。
「いけない。これはお兄様には秘密よ? アレクセイ様から、お兄様には見せないでってお願いされているの」
口に人差し指を当てて、真剣な表情で皆様を見渡せば、レベッカ様とマリアンヌ様はしっかりと頷きました。アンジェリカ様は我関せずといった感じでまだ紅茶を飲んでおります。
ロザリア様も本気で秘密にする気はないのでしょうか。それ以上アンジェリカ様には言及しませんでした。
「知らないお兄様の顔を知ることができるのは嬉しいのよ。だから、皆さんのお話も聞きたいわ。」
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