55.青薔薇のお茶会2

 クロードがレジーナ様の来訪を告げると、ロザリア様の目の奥がキラリと光りました。


「すぐ着きそう?」

「先回りしましたが、あと十分もすれば着くかと」

「ちょうど良いわね。では、行きましょうか。クロードはこっそり様子を見ていてくれる? 何か有ったらすぐに手を貸して」

「はい」


 私とクロードは神妙に頷くと、ロザリア様の後をついて行きました。


 別邸を出た所で、ちょうどクリストファー様が本邸の方から走って参られました。クリストファー様は、ロザリア様を見ると、ホッと大きく息を吐き出しておいでです。きっと、ロザリア様の体調を心配したのでしょう。少し、胸がチクリと痛みます。


 クリストファー様がいらっしゃるのも、ロザリア様の計画通り。今、別邸の中に入れる者は、クリストファー様しかいない状況にしているのですから、当然と言ったら当然なのですが。想像していたよりも計画通りに事が進むことに、私は驚きを隠せません。


 クリストファー様はロザリア様の頭を撫でながら、心配そうに顔を覗き込んでいらっしゃいます。


「大丈夫? 体調が悪いなら……」

「大丈夫よ、お兄様。ごめんなさい、ちょっと準備に時間が掛かってしまったの。皆さんお待ちしているわよね? 急ぎましょう」


 黒い笑みは何処へやら。慈愛に満ちた笑顔でロザリア様はクリストファー様に微笑みかけておいでです。


「ロザリー。さあ、お手をどうぞ」


 ロザリア様の言葉に納得したのでしょう。クリストファー様もとても優しい笑顔を見せて、手を差し出しました。


 風の悪戯か、ふわりと薔薇の香りが鼻孔をくすぐります。なるほど、ご令嬢はこの笑顔に落とされていくのですね。納得です。目の前で実演されて、噂の破壊力の一端を見た気がします。


 ロザリア様も嬉しそうに手を重ね、二人で笑い合っている姿は、正に本来ある筈の姿なのでしょうか。中身は反対なのですが、そんなことは気にならない程絵になるお二人です。


 別邸から本邸までは、庭園を抜けなければなりません。春まではもう少し先、ヒュルリと冷たい風が私達の間を抜けて行きます。


 クリストファー様はすぐに、自らの上着を脱いで、ロザリア様の肩に掛けて差し上げました。


「寒くない?」

「大丈夫よ。とっても暖かいわ」


 何度も思ってしまいますが、上着をギュッと握りしめ、嬉しそうに笑うロザリア様のお姿は可憐なご令嬢そのもの。お二人共、俳優としてもやっていけそうです。俳優となった暁には、姿絵が飛ぶように売れる未来が想像できますね。


 私が想像力を働かせていると、クロードが木陰から、「急げ」と合図をしています。レジーナ様が到着するのでしょう。私は焦る気持ちを隠して、お二人に声を掛けました。


「クリストファー様の、ロザリア様。お客様をお待たせしております。少し急ぎましょう」

「そうだわ。ごめんなさい」


 私達が本邸に到着した時には、既に広間が騒ついておりました。クリストファー様は即座に異変に気づき、首を傾げております。


 女性の喚く声が、私達の耳にも届きました。


「――っせなさいよっ!」


 レジーナ様なのでしょう。何と言っているのかまではわかりません。続いて、対応している使用人の制止する声も聞こえてきます。


 ロザリア様とクリストファー様が目を合わせ、何度か瞬きしております。双子ともなると、同じような行動を取るものなのですね。内心フフッと笑ってしまいました。


「なんだか怖いわ」


 ロザリア様がクリストファー様の手をギュッと握れば、クリストファー様は強い眼差しで、広間の方を見ております。


「広間を通らずに中に入ろう」


 本邸の客人を迎え入れる入り口は、勿論広間にありますが、他にも何箇所か出入りできる場所がございます。


 クリストファー様は、サロンに近い温室の扉に視線を向けました。確かにそこから入れば、レジーナ様に会わずに本邸へと入れます。


 しかし、私達の目的はレジーナ様に会うこと。何と言ったら良いものか。アワアワと一人慌てておりましたが、ロザリア様は気にする様子もなく、頷いてしまいました。


 ここで計画倒れとなってしまうのではないかと、内心ハラハラしているのですが、ロザリア様からはそんな様子微塵もございません。


 先ほどの「怖い」なんて言うのも勿論演技でございましょう。


 温室を抜け、廊下に出れば、先程よりも怒鳴り声が鮮明に聞こえてまいりました。


「わたくしも招待客よっ! 通しなさい!」


 レジーナ様のお声でしょうか。高いソプラノが広間を木霊し、扉を突き破って、私達の所まで軽々とやってきます。


 ロザリア様は何も言わずにクリストファー様に視線を向けました。クリストファー様は、招待客に思い当たる人物がいないのでしょう。首を傾げております。そうでしょうとも。私がこっそり噂を流しただけなのですから。


「お兄様、ご招待した方かしら?」

「いや、もう三人とも揃っているよ」

「でも、招待客って聞こえたわ」


 ロザリア様は、不安げに広間の方を見つめております。まだ使用人とレジーナ様の攻防戦は続いているようで、ワーワーキャーキャーと言葉にもならないような声が響いてきました。


 本日お茶会を開催するサロンは目と鼻の先。サロンにも声が届いていたのでしょうか。三人のご令嬢も扉を開けて廊下に出てきました。


「クリストファー様、何か有ったのかしら?」


 三人の内の一人、背の高い黒髪の令嬢がクリストファー様に声をかけました。黒髪黒目は、ミュラー家の象徴。ミュラー侯爵令嬢のアンジェリカ様でございましょう。


 広間の声を気にしつつも、視線はロザリア様を頭の天辺から足の先までしっかりと観察しておいでです。


 アンジェリカ様の少し後ろでは二人の令嬢が不安げに、そして興味深げにこちらを見ておられます。


「ごめんね、驚かせてしまったね。それがわからないんだ。ちょっと確認してくるよ。皆はサロンで待っていて」

「お兄様、私も一緒に行くわ」


 クリストファー様がにっこり笑って、皆にサロンに戻るように促せば、ロザリア様がクリストファー様の腕を掴んで、首を振りました。


「でも……」


 クリストファー様が言いかけたその時でございました。遠くから、甲高い声が聞こえて来たのでございます。


「お待ち下さいませっ!」

「邪魔しないでっ! 貴方達、わたくしが誰だかわかってないの?!」


 ツカツカと、強い足音が近づいて来ます。そして、広間から廊下に続く扉が勢いよく開かれました。


 開かれた扉を、呆然と見つめる私達をよそに、レジーナ様はクリストファー様だけを見つめ、近づいてきました。完全に私達なんて目に入っていないご様子。


「クリストファー・ウィザー。わかっているのよ。貴方がロザリア・ウィザーだってことはっ!」


 ビシッとクリストファー様に向かって指をさして仁王立ちになるお姿に、一同目が点となってしまいました。隣のロザリア様まで、何度も瞬きしております。


 誰よりも始めに声を出したのは、クリストファー様ではなく、ロザリア様でございました。


「あの、お兄様。こちら方はお兄様のお知り合いの方?」


 ロザリア様が声を出したことで、レジーナ様の視線がようやくロザリア様に移りました。その瞬間、レジーナ様は大きく目を見開かれたのです。


 クリストファー様の隣に立っていたロザリア様に気づかない程に、本当に彼女はクリストファー様しか見ていなかったのでしょう。


 今は、クリストファー様とロザリア様を交互に見比べておいでです。


「レジーナ嬢、紹介するよ。私の妹のロザリア。ロザリア、こちらはリーガン侯爵令嬢のレジーナ嬢。アカデミーで一緒なんだ」

「はじめまして。ロザリア・ウィザーと申します。お兄様がお世話になっております」


 ロザリア様は淑女らしく礼をしても、レジーナ様は、ポカンと口を開けたままでございます。


「嘘よ……」


 廊下にレジーナ様の悲痛な声だけが響きました。

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