54.青薔薇のお茶会1

 冬の寒さも和らぎ始め、春の訪れを期待し始めた頃。ウィザー家の本邸は騒めいておりました。それもその筈でございます。ウィザー家のご令嬢、ロザリア様が六年ぶりにこの本邸に顔を出されたのですから。


「皆さん、体調が良い時はこちらにも顔を出すこともありますから、よろしくお願いしますね」


 上等なドレスに柔らなガウンを羽織り、ロザリア様はにっこりと微笑みました。クリストファー様とそっくりの笑顔で微笑む姿に、幾人の使用人達が我を忘れたことか。


 そして、ロザリア様の隣で、嬉しそうに微笑むクリストファー様の姿に誰もが涙したことでしょう。


 私もホッと胸を撫で下ろした所存で御座います。本当に、誰にも露見しないものなのだと。二人の演技力には脱帽です。


 クリストファー様の男装は、すっかり板についてきているとはいえ、ロザリア様の女性らしさといったら。これはもう、付け焼刃とは思えません。


 使用人達は、クリストファー様とロザリア様が並ばれている姿に、「本来の活気が戻ったようだ」と涙しております。


 残念ながら旦那様はお仕事中なので、いらっしゃいませんが、奥様からもどことなくホッとした様子が伺えます。


「お兄様、今日はとても楽しみだわ。外の人とお話しするのは六年振りですもの。皆さん、お友達になってくれるかしら?」

「大丈夫。ロザリーならすぐにお友達になれるよ」


 二人が無邪気に笑う様子に、使用人一同ほっこりしております。


 皆さん幸せですよね。彼等の裏の計画を全く知らないわけですから。いいえ、そういう意味合いでなら、クリストファー様も全ては知らないのですから、幸せな内に……は、入らないでしょうね。だって、一番巻き込まれるのはクリストファー様なのですから。


 今はまだ、私は静かに見守るここと致しましょう。


 午後から始まるお茶会の為に、ウィザー家の使用人一同、忙しなく働いております。夫人が開催するお茶会はよくありますので、勝手はわかっておりますが、今回はクリストファー様の主催ですから、また雰囲気も変わったものとなりましょう。


 招待客はたったの三名。それでも使用人は皆、「クリストファー様がロザリア様の友人候補を連れてくる」と思って、真剣です。勿論、私も真剣に働いておりますとも。


 青を基調とした飾り付けになっているサロンは、さながら青薔薇のお茶会。薔薇を使ったお菓子も用意しているようです。


「何だか仰々しいね」


 クリストファー様が飾り付けられた部屋を見て、苦笑しました。


「あら、素敵よ。きっと皆さん帰った後、ウットリしながら周りにお話しになるに違いないわ」


 ロザリア様が横で頬に両手を当てて、ウットリする令嬢を演じていらっしゃいます。そうです。本日のお茶会は別にロザリア様にお友達が欲しくて開催されたわけではないのです。


 クリストファー様は肩を竦めて、笑うだけでございました。


「さて、お兄様。私もお客様を迎える為におめかししてきますね」

「もう十分素敵だよ。でも楽しみにしているね」


 ロザリア様が微笑めば、クリストファー様も同じ笑顔で返し、優しく頭を撫でました。仲の良い二人の姿を見た侍女なんか、顔を赤らめて出ていかれましたよ。


「シシリー、ロザリーを頼むよ」

「お任せ下さいませ」


 計画通り、クリストファー様を本邸に残して、私とロザリア様は別邸へと戻りました。


「シシリー、守備はどう?」


 ロザリア様の私室。二人きりになった途端に、ロザリア様は優しい微笑みを消し去りました。


「上々かと。昨日の内に、噂はこっそり流しておきましたから。ただ、本当に来ますでしょうか?」

「来なかったら来なかったで、納得したということだから良いのよ。でも、きっと来るわ」


 ロザリア様の黒い笑みに、私は身震いしながら髪の毛を整え始めることにしました。ドレスは上等な生地をふんだんに使って作られた菫色。首から手首まで肌は見せないのは、少しでも身体を冷やさない配慮でございます。


 肩より少し伸びた髪の毛を左サイドで結い、一年前に切り落とした髪の毛をつけて、長さも誤魔化しております。室内で育てた花を何個か頭に飾れば、どっからどう見ても、可憐で清楚なご令嬢でしょう。


 お化粧なんて必要のないくらい綺麗な白い肌なのですが、元気に見せるためには、頬紅も必要でしょう。頬紅をご用意すると、ロザリア様から待ったがかかりました。


「頬紅はいらないわ。「もう元気そうだ」という噂が立つのは問題だもの」


 ロザリア様は、こう見えてまだご病気を抱える身。動きすぎた夜は熱が上がってしまうのです。私は一つ頷き、薄づきの口紅のみをさしました。


 どっからどう見ても儚げなご令嬢になりました。私は最高の出来に満足しております。


 鏡で姿をしっかりと確認したロザリア様も、満足そうに頷いて、にっこりと笑いました。


「そろそろお時間ですね。皆様御到着な頃かと思います」


 三人の招待客は、続々と本邸に足を踏み入れていることでしょう。「遅いな」と思いながらも、クリストファー様は招待客の相手をしているかもしれません。


 ソワソワしている気持ちが伝わってしまったのか、ロザリア様がクスクスと笑っておりました。


「大丈夫よ、シシリー。お兄様ならきっと、一人でもそつなくこなしているわ。でも、お兄様のお迎えよりも先にクロードが来てくれると良いのだけれど」


 ロザリア様は、真剣な面持ちで窓の外を見ていらっしゃいます。


 朝からクロードは、外に出かけております。ロザリア様の指示の元、リーガン侯爵邸を見張っているのです。


 私はため息を飲み込みながら、数日前のロザリア様の笑顔を思い出しました。


 クリストファー様がいつものように、王宮で王太子殿下のお相手をしたり、アカデミーに通ったり、社交に忙しくしている頃でございます。このお茶会の計画の全貌を知らされたのは。


「最後までクリストファー様には黙ってよろしかったのでしょうか?」

「お兄様ご知ったらきっと沢山のことを抱え込んでしまうもの。招待状を配って貰うだけで十分よ」


 その招待状を配るのも大変そうでしたが、私は敢えてその事は口に致しません。


 ロザリア様の指示の元、「クリストファー様とロザリア様が小さなお茶会をすることになった」とリーガン侯爵邸に仕える侍女に噂を流したのは昨日のこと。


 リーガン侯爵家令嬢レジーナ様は、どうやらクリストファー様を女性と疑っていらっしゃるご様子。抜け目ない方なのです。


 ただ幸いと言っていいのでしょうか。レジーナ様はクリストファー様が六年前の事故で亡くなってしまったが為に、ロザリア様がお兄様に成り代わっていると思い込んでいらっしゃるのです。


 それを知ったロザリア様が、『二人一緒の所を見せれば良いのでしょう? それに、招待もなしにウィザー家の屋敷に押しかけるなんて醜聞が流れれば、彼女も静かにもなるのではないかしら』とにっこり笑ったのです。


 クリストファー様には絶対向けないような黒い笑みで。


 先日のことを思い出しながら、背中をブルリと震わせていると、廊下を走る音が聞こえてきました。


「来たわね」


 にっこり笑うロザリア様の笑顔は、クリストファー様にはお見せすることはできない。とだけ言っておきましょう。

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