20.青薔薇の称号1

 『花のお茶会』と呼ばれるお茶会があるの。それは、王妃様が主催する特別なお茶会。参加者は王妃様から花を賜った者。つまり、『アイリスの花』を賜ったお母様は当然参加資格を持っているわ。


 引き籠もりだった『クリストファー』には花などないけれど、王妃様の招待状には私の名前も添えてあったみたい。お母様曰く、『クリストファー』みたいに、子息や令嬢も一緒に呼ばれることは良くあるみたいなの。


「今日のお茶会は、この前の様に四人だけではありませんからね、気を引き締めなさい」


 馬車の中、お母様は真剣な眼差しで私を見つめていたわ。私も、神妙に頷いた。慣れが一番失敗を招きやすいものね。気を引き締めなくちゃ。


「はい。ウィザー家に恥の無いよう、努力します」

「よろしく頼みますね」


 真剣なお顔だけれど、もうお母様の顔に前のような、不安の色は見えない。


 王妃様に招待された最初のお茶会から一月が経った。お母様はその間に数回、ウィザー家でもお茶会を開いている。その時々で私は呼ばれ、何人かの夫人や令嬢に挨拶する機会を戴いたわ。その際にも、ウィザー家の秘密がばれる様な失態はしていない。そのおかげかしら?最近のお母様は以前よりも笑顔が増えた気がするの。お母様が笑顔なのはとても嬉しいわ。


 以前挨拶した方々の中にも、この『花のお茶会』に参加している方がいるらしいわ。あのご挨拶は、今日の為の布石だったのかもしれないわね。


 馬車から降りると、一月前と変わらない白亜の城が私達を迎え入れてくれたわ。私は胸元にしまった『ロザリアからの返事』をそっと撫でた。今日の一番の目的はお茶会ではなく、この手紙を殿下に渡すことだもの。

 

 それは、侍女にお茶会の会場へと案内される途中、長い回廊を歩いていた時のこと。少し先に人の姿が見えたわ。回廊の窓際に腰掛け、こちらを見ている様だった。プラチナブロンドの髪、深紅のジュストコール。私は、遠目からでもすぐに殿下だとわかったわ。その奥に静かに控えるように佇む男の姿。こちらは殿下の護衛官かしらね。私達を先導する侍女も、彼にすぐに気づき、彼の前で立ち止まると、私達の後ろに控えた。


 私達が膝を折るのを、手で制した殿下は、私ではなくお母様の方を向いた。私に用事かと思ったけれど、違ったみたい。


「ウィザー公爵夫人、クリストファーを少しお借りしてもよろしいですか?」


 涼しい顔をしてお母様に向かって言っているけれど、やっぱり、私に用事だったのね。お母様が私の方へ視線を向けて来るのを確認すると、小さく頷いた。目的はわかっているし、何よりお断りするわけにもいかないじゃない。


「勿論ですわ。王妃様には私から伝えておきますね」

「いいえ、母上にはクリストファーと遅れて参加すると既に伝えてありますので、ご安心ください」

「あら、そうでしたのね。では、クリストファーをよろしくお願いいたします」


 お母様が頭を下げると、殿下は私を伴って庭園に抜ける回廊を歩いた。先月、私がゆっくり歩いていたことを気にしてか、今日の歩調は幾分かゆっくりしているわ。でも、気が急いているのはとても伝わる。回廊で待っていたくらいですものね。お茶会の合間を見つけて、なんて思っていたから機会を見つけなくて良くなったのは、少し安心ね。護衛官は私達の数歩後ろをついて来ているわ。


 三人の足音が回廊に響く。ずっと無言でいるのも何だか気が引けて、私は口を開いた。


「それにしても良かったのですか?」


 殿下は「何が?」と言わんばかりに首を傾げる。


「花のお茶会です」


 『花のお茶会』だもの。赤薔薇の王子が呼ばれていないわけがないのだから。ここまで無頓着で良いものなのかしら?


「ああ、あれか。……お前は初めてだったか。あれに出たら最後。お喋りなご婦人方から抜け出すのは一苦労だからな。遅れて行くくらいが丁度いい。今度からも私の所で時間を潰してから参加すればいいさ」


 成程。殿下は何度も『花のお茶会』に参加しているでしょうし、婚約者もいない身、そりゃあ格好の的よね。お茶会にあまり楽しい思い出がないようで、口角は下がりっぱなしだわ。


「ご心配、ありがとうございます。ですが、私は花を賜っておりませんから、今日の参加が最初で最後でしょう」


 だって、今日の目的はお茶会の参加ではなくて、手紙の返事だったのだもの。にっこりと笑って見せると、殿下は立ち止まり、眉を潜めた。私も彼に合わせて歩を止めた。誰もいない回廊とはいえ、ど真ん中で話すのは少し気が引けるのだけれど。


「母上はお前を気に入っている。今日にでも花を賜るさ」


 肩を竦めて「今日から仲間入りだ」と言う彼の顔は全然楽しそうではない。まるで、私の不幸を嘆いているようで、今日のお茶会に多少の不安を感じ始めてしまう。


「美しい花の仲間入りができるのは嬉しいことですね」


 不安を笑顔で隠して見せれば、彼はまた眉を潜めた。とてもわかりやすい人だわ。


「お前も参加すればわかるさ」

「ええ、でも次があれば、匿って貰えるのでしょう?」

「ああ。一人で遅れるよりも体裁が良いからな。一人だと限界がある」


 この様子だと、一人で遅れて行くのには限界があるようね。彼が何かを思い出すように目を細めた。


「なるほど。私は利用されるわけですか」

「お前にも利がある」

「ええ、その様ですね」


 殿下と二人時間を潰すのも悪くないかもしれないわ。きっと、今まで知らなかった彼を、もっと知ることができるもの。


 やはり殿下は急いているのか、すぐに止めていた歩を進めた。そんなに返事が欲しいのに、遠くまで行く必要があるのか。ああ、お茶会から離れる必要があるものね。


 長い長い回廊を抜けた先に、庭園はある。何度か王宮に勤める官吏とすれ違う以外は特に問題なく抜けていったわ。お茶会の参加者に会うんじゃないかってちょっと心配していたけど、大丈夫みたい。

 

 連れて行かれたのは前と同じ庭園の中のガゼボだったわ。ここは庭園の中でも奥まった所にあるからかしら、人を全く見かけなかった。人払いをしている可能性もあるのかしらね。


 以前と違った所と言えば、二人分のティーセットが用意されていることかしら。側には侍女が一人控えている。ここで時間を潰すお茶会をしようと言うのね。なんだか王妃様に申し訳ないわ。


 護衛官はガゼボの側、殿下の目の届く範囲で待機した。侍女は私達が座るのと同時に素早くお茶を用意する。驚いたことに、お菓子まで用意してあるの。完全にお茶会だわ。


「クリストファー」


 私がゆっくり紅茶の香りを楽しんでいると、焦れたように、殿下が声を掛けてきた。そうよね、たった一通の手紙のためにここまでしたんだもの。欲しいわよね。この、約束の手紙。


「急いでも返事は変わりませんよ」


 私はいつもの様に微笑んで見せた。殿下の眉間に皺が寄る。私は肩を竦めて、胸元の内ポケットに閉まっていた手紙を差し出した。


 殿下はジッと手紙を見つめ、開こうとしない。あんなに早く欲しがっていたのに面白いものだわ。私の心臓もドキドキ鳴っている。私の心音が彼にまで届いている気がして、更に加速した。


 殿下がゆっくり息を吸って吐いた。それを合図に、ペーパーナイフで丁寧に開けていく。この先、彼の手元を見つめているべきか、見ないでおくべきか、悩んだ末に、私はそっと目をそらすことにした。


 勿論内容は知っているのよ。私が用意したんだもの。お兄様には何度も「それでいいの?」と聞かれた返事。今でも後悔はしていないわ。彼はこの返事を見て何て言うのかしら。


 震えそうになる手をどうにか抑えて、私はジッと待ったわ。


 殿下が言葉を発するまでは視線を反らしておくことにしたのだけれど、なかなか彼の口から言葉は出てこなかった。代わりにクシャリ、と紙を握りしめる音が聞こえたの。

 

 反射的に振り返ると、開かれた手紙の端は彼の手で握りしめられ、クシャリと歪み、そこには雫が零れ落ち、小さな染みを作っていた。

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