18. 食料

 アツオに言われたとおりに、マコトは通路を進んで保管庫までやってきた。何を保管しているのかは知らなかったが、それなりに大きいスペースが確保されている。どの荷物も高性能光学迷彩Optical Camouflage用の特殊繊維で覆われていて中身は見えなかった。

 平素ならOC技術は、街の景観を損なわないように工事の現場や貨物の外見を覆うために使われている。特殊繊維に微弱な映像情報を流してカモフラージュするのだ。ただしこの技術は断続的に映像を流し続けているため、触れると電力が遮断されて中身が露わになってしまう。


 うず高く積まれた荷物の中で、小柄な影が動き回っていた。


「キョウヤ!」


 マコトが名前を呼べば、呼ばれた有機資源は彼女に気が付いたのか駆け寄る。


「マコト。話し合いはどうだった?」

「それが、寝ちゃってたのもあって良く分からなかった」

「仕方ない。俺もさっきまで仮眠取ってたからな」


 屈託なく笑うキョウヤを見て、マコトは思い浮かんだ疑問を口にした。


「キョウヤはさ、私が通報したのに怒ってないの?」

「あ? そりゃ何で俺がって少しは思うけど、でもそれがお前の仕事だったんだろ? そもそもレジスタンスに入ってればいつ通報されて処分されてもおかしくない」


 不安など感じさせない声色だった。自己責任で動くと、有機資源はこうも変わるのかとマコトは頭の隅で思った。


「それで? ここに来たのは俺に何か用でもあんのか?」

「うん、オッサンがキョウヤにレジスタンスの事を教えてもらえって」

「まあ俺もしばらく地下籠りだろうからな。いいぜ、案内してやるよ」


 そう言って、キョウヤは先ほどまでいた保管スペースの奥を指さす。それに、マコトは大人しくついてくことにした。


「ここには電子戦に使う機材ハードを保管してる。Eに支給されてる感覚端末ゴーグルほど反応速度は良くないが、その代わりに逆探知対策がしてるから俺たちは重宝してるんだよ」

「なるほど……ん? でも私、この前のテロで侵入者の反応を追跡チェイスしたけど、それはおかしくない?」

「多分それはアオイだな。留置所から出て自分のゴーグルから接続したんだろ。レジスタンスはいつだって物資不足だからな、多分手元に侵入用の端末がなくて仕方なく、ってとこだ」

「そっか……」

「アオイは、オッサンから軽はずみな行動は避けろってずっと言われてた。「蟻」が捕まえたにしろマコトが何かしたにしろ、それはあいつの自業自得だ、お前が何か思う必要はない」


 キョウヤは荷物にかけてある特殊繊維に触れた。情報が遮断され、隠されていたモノが現れた。


「これ、もしかして廃棄されたモジュール?」

「そう。これを再利用リサイクルして電子戦の装備を作ってるんだ。俺が地上で運んでた簡易妨害電波発生装置ジャミングジェネレーターも同じように廃棄エリアゴミ捨て場から持ってきて修理した」

「廃棄物からここまでできるんだ……E-terに反抗するなんて無謀だと思ってたけど、意外と色々用意してるんだね」

「まあ、相手が相手だからな。E-terの技術に頼れない以上、自分たちで何とかするしかない。そのために、何か弱点になる情報がないかオッサンたちは仕事中に回線からデータベースに入り込んで調査してるんだ」


 危ないな、とマコトは思った。有機資源にシステムの調整をさせているとはいえ、E-terのセキュリティはそこまで甘くない。当然だがテロの危険性も考慮しているわけであって、そのためにシステム安全運用特化部隊「ANT」が組織されたのだ。いくら仕事中でも、自動警戒システムは常時作動している。それを掻い潜るのは至難の業だろう。


 ……――まさか、見逃されている?


 ふと思い浮かんだ考えにうすら寒いものを感じた。さすがのE-terも、自分の脅威となる存在を放置しているわけはない、と頭から思考を無理やり追い出す。そんなマコトを知ってか知らずか、キョウヤはまたOCを再起動して修理前のモジュールを覆い隠した。


「そういえば、食料ってどうしてるの? さっきE-terの技術は頼れないって言ってたけど、そうすると配給も当然ないよね」

「そりゃ当然。反逆者のレッテルをE-terから貼られてしまえば、もう配給は全面的にストップする。掌紋も声紋も網膜も、登録してあるものは一切使えない。マコト、お前もう自分の部屋に入れないはずだぞ」

「……まあ、あの部屋に未練はないけど、いい気分ではないね」


 マコトは、Eクラスの判定を受けたあの日からずっと寝床にしていた自室を思い出していた。有機資源に割り当てられている部屋は全て、個々の掌紋をロックの解除に適用していた。それが止められている以上、マコトがあの部屋に戻ることはできない。


 居心地が良いとは言えないまでも、それなりの設備は整っていた。マコトにとってあの自室は眠るためだけに帰る場所だったが、それでもやはり「帰る場所」であることは変わりなかったのだ。


「ま、地下ここもそんなに悪いところじゃない。最初は不便だろうがすぐ慣れるさ」

「そうだといいけどね……キョウヤ、どこに行くの」


 話しながら歩いていくキョウヤに、マコトは声をかける。彼は振り返り、にっこりと笑って言った。

厨房キッチンだよ。さっき食料の話、してただろう」








 キョウヤに連れられ、マコトが足を踏み入れたのは、厨房キッチンと呼ばれる一室だった。壁一面が棚になっており、大量の紙包みが陳列している。どれも粗悪な緩衝材を再利用した紙だ。カビと、鉄と、腐敗臭があちこちから漂っている。マコトは顔をしかめて服の袖で鼻を覆った。キョウヤは何も感じないのか、それとも慣れているのか、そのまま進んでいく。


厨房キッチンは食糧庫も兼ねてる。ここに積んであるのは全部加工済みの食料だ」

「変な臭いだね……というか、何を食べてるの? もしかして一般有機資源の残飯?」


 Eクラスの中には、一般有機資源の廃棄物処理を行っているモノもいるはずだ。そういった伝手でまだ使える廃棄物を横流ししているとしたら、このおぞましい臭いにも納得がいった。


 一般有機資源たちはEクラスマコトたちのような栄養完全食ではなく、素材から調理をして味を楽しむ食事をすることができる。遺伝子組み換えによって屋内栽培で短時間の収穫を可能とした野菜、クローン技術の発展でローコストかつ安全に提供できるようになった肉、疫病に負けることのない新種の穀類。その全てにE-terがブレイクスルーを引き起こした技術が使われている。かのシステムは衣食住のあらゆる面で有機資源を支え、その生活の豊かさを約束していた。最も、それはあくまで一般有機資源の話であり、マコトのようなEクラスには当てはまらない。


 アテナの寄宿舎でも似たような食事を提供していたが、あれは全て調理済みの食品を大量入荷した即席食品によるものだった。

 だから、マコトは「料理」を知らない。


「残飯だとしても、料理ってこんなものなの?」

「いや、俺たちが食べてるのは料理の残りかすじゃないんだよ」

 キョウヤは手近な包みを棚から降ろしてシミが浮いた紙を剥がした。

「なに、これ」


 中から出てきたのは赤黒い塊だった。ぬらりとした光沢を放つそれは、「肉」と呼ばれるものだ。調理加工していない、素材としての肉。Eクラスでは触れることも許されないような代物だ。そんなものが、何故ここにあるのか。


「何って、有機資源だよ」

「……え?」


 有機資源。その一言に、マコトの頭は真っ白になった。つまりこれは、レジスタンスの誰かの死体を加工した食品というわけだ。


『どうせすぐ厨房キッチン送りになるぞ』

『レジスタンスの中でも役に立たない有機資源はみんなそこに行くんだよ。せいぜい新入りもそうならないよう気をつけな』


 マコトに嫌味を言っていたあの有機資源の言葉を思い出す。あれは、戦わずに厨房で働く役立たず、ではなく食品に加工される有機資源、という意味だったのか。


 力の抜けた手から、有機資源だったものが零れ落ちる。ぼたっと湿った音を立てて地面にぶつかったそれを、キョウヤは慌てて拾い上げた。


「おいおい、これでも重要な食べ物なんだぞ。大事にしてくれよな」

「なん、で」

「あ?」

「何で、そんなことが言えるの。これ、有機資源なんでしょ。殺したんでしょ、誰かを」


 誰か、志を共にしたレジスタンスの有機資源を殺して食べている。あまりに惨いと糾弾しようとしたが、その言葉がマコトの口から出てくることはなかった。


 ……――果たして、私にそれを咎める権利はあるのか。


 何故なら、マコトも既に有機資源を殺している。E-terに命じられたから、通報しなければ自分が処分されていたから。言い訳ならいくらでも出てくるが、マコトの通報によって他の有機資源が死んだ事実は変わらない。


『忘れるなよ。「蟻」として働いたとはいえ、お前は有機資源を殺した。昨日の実行部隊だったアオイたちを殺したのはお前だ』


 アツオの言葉を唐突に思い出す。肉に触れていた手がひどく汚れているような気がして、マコトは執拗に服の裾で拭った。それで綺麗になるわけもなく、ただ彼女の手が擦れて赤くなるだけだ。


 そんなマコトの様子を見て、キョウヤが首を傾げる。何もおかしなことはない、と言いたげな表情だ。


「何言ってんだマコト。俺たちは有機資源だろ? 資源なんだから、余すところなく使えて当然だ」

「そんなこと……」

「ないって言うのか? でもE-terだって有機資源の死体を燃やして動力にしてる。それと何も変わらない。むしろ、あんな得体のしれない機械のために燃やされるくらいなら俺たちの血肉になった方が、こいつらもよかったって思うだろうさ」


 キョウヤの考え方は、あくまで有機資源をモノとして見ている。有機資源はただの資源であり、その価値はそれ以上でもそれ以下でもない。有効に活用できるものなら何でも使う。彼の目がそれを如実に物語っていた。


「仕事のできない奴らからこうなる。マコト、お前は俺たちに食われるような真似はするなよ」


 肉を丁寧に梱包し直しながら、キョウヤは言った。その口調は真剣で、決して冗談ではないことを伝えている。


 マコトは、頷くこともできなかった。

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