17. 生活

 地下、レジスタンス「フェンリル」の拠点。マコトは、アツオに連れられてその会合に来ていた。既に話し合いのメンバーは集まっており、皆焚き火を囲んで静かに座っている。

 アツオは、そんな彼らに向かってマコトを指さしながら言った。


「こいつが十一エリアのソフト整備を担当してたマコト。俺が言ってた「蟻」の情報源ってのがこいつの事だ」

「……よろしくお願いします」


 会合といっても、集まったのは両手で数える程度しかいない。全員、マコトの知らない顔だった。そのうちの一人、赤ら顔の有機資源は訝し気な視線を投げた。


「そいつが? 随分ひょろっちいな。どうせすぐ厨房キッチン送りになるぞ」

厨房キッチン……?」

「レジスタンスの中でも役に立たない有機資源はみんなそこに行くんだよ。せいぜい新入りもそうならないよう気をつけな」


 馬鹿にした口ぶりに苛立ちが募るが、そこで言い返すほどマコトも子供ではない。ただの忠告として彼女はその言葉を受け止めた。


「それじゃあ本題に入る。マコト、お前はそこらへんに座ってろ」


 アツオの言葉に、マコトは素直に頷いて適当な床に膝を立てて腰を下ろした。それを合図にしたように、テロリストたちの話し合いは始まる。

 まず口を開いたのは、アツオだった。


「襲撃の段取りを話し合う前に言っておく。キョウヤが治安維持部隊に通報された」

「そりゃまた急な話だな。ヘマでもしたのか」

「そこのマコトが通報したんだとさ。「蟻」の上層部には逆らえないと」

「キョウヤはどうした? 連行されたか?」

「運よく逃げおおせたみたいだ。簡易妨害電波発生装置ジャミングジェネレーターもほとんど持ち帰ってきた」

「見上げた根性だ」


 くつくつと喉を鳴らして男性有機資源の一人が笑う。アツオは不謹慎だと言いたげに眉をひそめたが、そのまま話を続けた。


「キョウヤはPDMシステムの監視に引っかかってたらしい。つまり、他に潜んでるレジスタンスの行動もバレている可能性がある。だから俺は、今回メインシステムへの攻撃は控えてPDMシステムの中から俺たちの活動に関する情報を削除することを提案したい」

「やり方は?」

「Cクラスの回線からじゃさすがに入れないだろうから――……」


 アツオの声が、薄い膜を隔てた向こう側から聞こえる。焚き火の暖かさに舟を漕ぎ、意識が徐々に睡魔に侵されていた。個人情報管理室でのスパイ捜索や治安維持部隊からの逃走を乗り越えて、既にマコトの体力は限界だったのだ。

 雨で冷え切った身体に、炎の熱が心地いい。マコトの自室には、寒くてもここまで室温を暖かくしてくれる空調はなかった。


 Eクラスと認定されてからの自分の生活を顧みる。


 目を覚まして作業服に着替え、配給された栄養バーを咥えながら仕事場に急ぐ。ゴーグルを介して担当するエリアのシステム調整を重ね、時間が来れば配給カウンターに仕事分の配給を受け取りに行く。適当に腹ごしらえを済ませ、また作業。課せられたタスクを終える頃には一日が終わり、また自室に戻って就寝するだけの生活。勝手な行動は許されず、作業時間に外に出るのは用を足す時のみだった。


 日々の作業効率を鑑みてE-terから「蟻」への配属を命じられた時は、単純に嬉しかった。Eクラスから滅多に選出されることのない特別な地位。その仕事内容が例え反逆者を追い詰める汚れ仕事だとしても、ずっと変化がなかった生活に新しい風が吹くと思うと心躍った。


 事態は、そんなに簡単な話ではなかった。

 確かに、生活に変化はあった。だが、それはかえってマコトを苦しめるだけだった。


 テロリスト排除のためなら、深夜であろうと駆り出される。作業中に呼び出されれば、どうしても自分のタスクを中断しなければならない。テロを鎮圧しても残った作業は自分でこなさなければならないので、必死に睡眠時間を削って終わらせた事も数えきれないほどある。価値が低いからこそ、使い捨てのように扱える有機資源。それが、自分の生き方なのだと思っていた。


 ……――だって、E-terがそう望んだから。


 微睡みの中で、言い訳がましくそう考える。それが責任転嫁の大義名分だと分かってはいるが、マコトにはそうする以外に逃げ方を知らなかった。


「……――マコト、おい。寝てるのかお前」

「ん……」


 呼び声に顔をあげれば、アツオがこちらを覗き込んでいた。自分がすっかり眠っていたことに驚き、マコトは背筋を伸ばす。


「ご、ごめん。ちょっとうとうとしてた」

「アツオ、こんな奴に次の作戦を任せるつもりなのか? 俺は反対だぞ」


 会合に参加していた有機資源の一人が、不機嫌そうに言った。その目には、マコトに対する不信感と疑念が浮かんでいた。


「そもそも、本当にそいつは信頼できるのか? キョウヤを売ったのもこの女なら、今度は俺たちだって処分の対象になっちまうかもしれないんだぞ」

「そうは言ってもな、マコトの持っている「蟻」の情報がなきゃ今回の作戦は実行できない」

「やっぱり反対だ。俺はその有機資源が信用できない」


 赤ら顔の有機資源は、話はこれで終わりだと言わんばかりに立ち上がって何処かへ行ってしまった。それを合図に、他の有機資源たちも次々に焚き火から離れていく。


「ったく……すまんな。あいつらも悪気があるわけじゃないんだ」

「急によそ者が来たら警戒するなんて当たり前だよ。気にしてない」


 目をこすりながら、マコトは苦笑いを浮かべた。


「それに、私がキョウヤの事売ったのは本当だから」


 それは、どう足掻いても覆らない事実だった。通報しなければ部屋から出れない、という強迫観念に駆られていたにしろ、この行いが許されるものではないとマコトは理解していた。


「それで、作戦って何だったの? 私に任せる、みたいな話してたけど」

「あぁ。「蟻」が使う特殊回線があるだろ。お前が来たからあれを使って重要機密を奪えればと思ってたんだがな」

「……確かに入れれば内部を進むのは簡単だけど。その口ぶりからすると使うのはやめたの?」

「如何せん他のメンバーからの反対が多すぎた。まあ、一番の理由は「蟻」お前が信用できないから頼りたくない、らしい」

「よっぽど恨みを買ってるんだね、私」

「お前個人に限った話じゃないさ。普段タスクをこなしながらレジスタンスに所属している有機資源とは違って、さっきの奴らはここに住んでる。E-terの手先である「蟻」の一員が根城に来たとなったらそりゃ穏やかではいられないだろ」

「それもそうか」

「……お前、治安維持部隊に顔は見られたか?」


 その言葉に、マコトは表情を強張らせた。追っ手に追い詰められた時に自身に向けられた銃口を思い出したからだ。

 システムに不要と判断された有機資源であるという現実が重くのしかかり、マコトは知らずのうちに唇を噛みしめていた。その様子から察したアツオは、顎髭を手で摩りながら言う。


「そうか……それならしばらく、昼の間は地上に出ない方がいいな。顔が割れたんだったら、多分エリアの仕事からも外されてるだろうし手配書も出回ってるはずだ」

「……私、本当にE-terから見放されちゃったんだね」

「不満か?」

「ちょっとだけ。でも、ずっとそれが怖くて仕方なかったのに、今は不思議と納得してるところもある」


『僕はE-terじゃなくてマコトの話をしてるんだ』


 ……――きっとこれは、ユズリの言葉のおかげなんだろうな。


 マコトは強張った表情を解いてわずかに微笑み、腰のポーチを撫でた。システムではなく、自分の選択。初めての自己責任に、もしかしたら心が浮き立っているのかもしれない。


「まあ、お前が納得済みならいいさ。とにかく、昼間は地下でキョウヤにレジスタンスについて教えてもらえ。あいつも通報されてるんだ、外に出られないのは同じだからな」

「分かった……オッサンは、また地上で仕事を?」

「もちろんだ。「フェンリル」だってバレた奴以外は皆そうやってE-terに従う振りをして生きてる」

「……そっか。私が知らないだけで、みんな自分がやりたい事を選んでたんだ」


 マコトの一言に、アツオは眉をひそめる。何か言いたげな顔をしていたが、結局彼がこぼしたのはため息だけだった。


「とにかく、お前に今必要なのはレジスタンスの知識と俺たちの生活だ。それが知りたかったんだろう?」


 首肯を一つ。アツオはマコトと二人で歩いてきた通路を指さして言った。


「あっちの奥、右側の通路の突き当りに保管庫がある。レジスタンスの物資を保管しておく場所だ。多分そこにキョウヤがいるから、もう少し休んだら話を聞きに行けばいい」

「え、今行くよ。もう大丈夫。寝ちゃったのは悪かったけど、そのおかげでだいぶ元気になったし」


 言い訳をするように早口になりながらマコトは立ち上がる。覚醒したばかりの身体はまだ足元がふらついていたが、それでもある程度の疲労は回復していた。


「お前がそう言うならそれでいいさ」


 アツオはそれだけ言い残すと、指さした方向とは全く逆の通路に進んでいった。焚き火から遠ざかるにつれてアツオの背中に濃く覆いかぶさる影を見ながら、マコトは大きく伸びをした。


 テロに加担する理由をキョウヤに聞く。その自身の選択が過ちではないことを、他の誰でもない自分に証明するために歩き出した。


 残された焚き火は、誰もいない空間をただ暖め続けていた。

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