第9話 2人目①

この日、美沙は酷く混乱していた。

真っ赤な能面、大きな体、倒れる人々、そして血塗られたジャケット。


彼女はしゃがみこみ、ただ待つことしかできなかった。この事態の収束を。


*****************

数時間前ー。



美沙は大江と二つ目の仕事をしに、とある町へ来ていた。


今度はある老婆が対象であった。大江は町に着くと、直ぐに市内の大きな病院に向かい、病室の一室に入った。


病室に入ると、痩せ細ったお婆さんがこちらを見て目を丸くした。


「どなたですか?」


「あれ?息子さんからお聞きになっていないのですか?


私、遺言立会人として参った者なのですが....


今回は私大江と、こちらの深瀬が立会人とさせて頂くことになりました。

よろしくお願いします。」


美沙はびっくりして大江を見ると、大江はお辞儀をしながら、こちらを見るので彼女も咄嗟に頭を下げ、挨拶した。


「あぁ、息子から聞いています。こちらこそよろしくお願いします。どうぞ、お掛けになって。」


ベッド際に丁度あったパイプ椅子に座りながら、彼女は部屋を見回した。


一人部屋で清潔感のある病室である。ベッドの横には点滴やその他の機材たくさん置いてある。


ベッドを挟んで向かい側に一つ、小さな背もたれのない椅子があった。



大江が説明を始めると、老女の左胸のあたりに壁掛け時計が埋まった状態で現れた。


危うく美沙は声を上げそうになったが、大江は何の反応もしないし、病院だということを思い出して何とか抑えた。


時計は12時3分前を指していた。


ふと、彼女の視界を大きなモノが横切った。驚いて見ると、向かい側の椅子に大きな体で座る者がいた。


顔は見えなかったが、ベッドを後ろに窓から空を見上げるその影は逆光せいで、彼女にははっきりと分からなかったが、全身毛で赤い毛で覆われており、とても大きな猿のようであった。


彼女は目を伏せて、気付かないふりをした。見えると知られたら何をされるかわからない。


不安な面持ちで大江を見るが、大江はそんな者は見えないかのように熱心に説明を続けている。


(大江さんも見えないふりをしているから、あれは害がないモノなのかもしれない)


そう彼女は思ったが、その猿の背から徐々に嫌な感じを受け始めたので、大江の袖を引っ張った。


大江はそれに気がつくと、


「.....では本日はこのくらいで失礼します。また近日中にお伺いしますので」


と立ち上がり美沙とともに病院を後にした。去り際に彼女はもう一度猿に視線を向けたが、相変わらずベッドを背にして窓から空を眺めていた。


「何か見たのかい?」


病院を出ると大江は美沙にそう聞いた。


「え?でも大江さんは見えるんじゃ....」


「私は角や白の力抜きでは何も見えないんだ。今日は面会先が病院だったから、角も白も連れてきてはいないんだ。


病院だと彼らを見えてしまう人も時々いるんだ、ごく偶にだけどね。」


「病院だと見える人というのはどういう人なんですか?」


「死期が近い人には彼らが見えてしまう人もいる。


病院のベッドで目を開けたら、傍にいきなり角が現れたら度肝抜かれるでしょう?」


「ふふ、確かにそれは、おかしいですね。」


美沙は病院と角の不釣り合いさに笑いながら、病室で見たことを大江に話した。


大江はその話を聞き終えると、暫く考え込み、胸ポケットから札を取り出して飛ばした。


札は風によって巻き上げられ、ヒラヒラ舞うとどこかに飛んで行った。


「私じゃその猿の正体は分からないから、角を呼んだよ。彼が来る前に、お昼でも済ませておこう。」


2人は近くにあったレストランに入った。

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