第4話 決心

「目があうと連れて行かれるよ。あまり見ないほうがいい。」


大江はそう言うと、不気味な眼に背を向けて彼女の手を引き歩き出す。


「さっきからの正体はあれか。」


「さっきから?さっきからあれはずっといたんですか?」


「そうだね。今日君と会った時からつけて来たみたいだよ。」


彼女は今朝、鏡に奇妙な影が映った事を思い出す。


「すみません。私が連れて来てしまったみたいで...」


「何か心当たりでもあるのかい?」


彼女は今朝の事を話すと、彼の顔は次第に曇っていった。


「そうか。家を知られているわけか。

じゃあ、ここで蹴りをつけないといけないか。


でも、今の私にはあれを迎え打つのは厳しいな」


すると何処からともなく、


≪ほう。面白そうなモノに目をつけられているのう。


どうする?儂が出るか?≫


と声がする。だが、周囲を見渡しても、彼女には声の主を見つけることができなかった。


「いや、君が出るには相手が小物すぎるし、あれは多分君との相性が悪いんじゃないかな」


大江がそういうと、声の主は


《そうか。つまらんのう。だが、必要とあらばすぐに呼べよ。≫


と言った。


「今の声は誰の声なんですか?」


少女がそう聞くと彼は


「まあ、また後でね。それよりも今は、あれを撒くのが先決だよ。


この先の二つ目の角を右に曲がると同時に走るよ。ついて来てね。」


二人は角を曲がってから同時に走り出した。とにかく速く、全力で、振り返らずに......






気がつくと嫌な視線は感じなくなっていた。


「もう大丈夫みたいだね。お疲れ様。それにしても早いね!驚いたよ!

さすが、若いからかな?」


息を切らす彼女と違って、老紳士の息は全く乱れていなかった。


しかし彼の格好は何故かさっきと少し違っていた。


白いお面をしており、何処から取り出したのか、踝まである白いコートを来てフードを被っていた。


「もういいよ。ありがとう。」


その言葉と同時に彼は先程のジャケット姿に戻り、側には白いお面とコート姿の人物が立っていた。


その人物は、一礼すると踵を返して消えていった。


「あの人は誰なんですか?」


「ああ、彼は妖だよ。でも、大丈夫。人は襲わないさ。さっきの姿は妖に力を借りた姿だよ。


君と出会った時にも、妖の力を借りて祓ったんだ。


ほら、さっき喋りかけて来たのがその妖だよ。」



(妖に力を借りる)


美沙はその言葉を心の中で繰り返す。


「その、私も妖に力を借りる事って出来ますか?


それで自分の身を守ったり、誰かを守ったりする事は?」


「可能だけど、あまり甘く考えない方がいいよ。それなりの技術と心構えが必要になるからさ。


あとは素質かなぁ。見た所、君はその心配をしなくても良さそうだけど。」


それを聞いた彼女は、深呼吸をして老紳士にこう言った。


「あの、図々しいかもしれないんですけど、その技術や方法を私に教えてくださいませんか?」


「ごめんね。そんなにすぐに出来るものじゃないんだ。


それに私は仕事でこの土地に来たから明後日にはここを発つんだ。」


「なら、連れて行って頂けませんか?


もう嫌なんです!!あいつらに振り回されたるのは!


それに、ここに私の居場所はない。


お願いです!何でもします!!」


老紳士はしばらく考えると、彼女の目をじっと見た。


彼女にはその目が不思議と、自分には向いていない様な気がした。


「連れて行くことはやぶさかではないんだが、何しろこのご時世だ。


まずは、君自身の事について話を聞こう。今の環境とかもね。」


大江はそう行って彼女に笑いかけると、彼女を連れて食事処に出かけた。


彼らはそこで、時間の許す限り話した。結局、美沙は大江の養子として迎えられる事になり、諸々の準備に1日を費やした。


出発の日、空港で大江は美沙にもう一度問うた。


「まだ、引き返せるよ。一度踏み出すもう戻れないよ。本当にこの世界に踏み出すかい?」


それを聞いた彼女は、今までの人生を短く振り返った。


嘘つきや不幸を呼ぶと言われ、親戚をたらい回しにされた挙句に施設に預けられ、その施設からも追い出された。


学費は何とか親戚から出してもらって学校には行っているが、そこでもいじめられ、居場所もない。


「はい。覚悟はできています。」


「すまない。愚問だったね。」


老紳士はそう言って笑うと飛行機に乗り込んだ。

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