第4話
ゆっくりと下る坂道をハルと歩く。
日の差さないこの世界では花は咲かない。街路樹の桜の樹には蕾すら付いていない。
「春になれば花は咲くの。旅をすれば、人と会う。やるべきことをして、なりたいものになって、幸福を追い求めても良いんだよ」
「なにそれ」
「僕の格言」
「へえ」
「ユメちゃんに贈るよ」
「ありがと」
駅前のミスドを通り過ぎる。
あ、本当に寄らないんだ。
ちらっとハルを見たら、ハルもこっちを見ていた。ハルの唇は、ピンク色っていうよりも桜色だな、なんて思う。それがゆっくりと動く。
「人が死ぬのってどんな時だと思う?」
「心臓が止まった時?」
「物理的にじゃなくって」
「えー。何?」
澄んだ灰色の風が吹く。ハルの声が響く。
「忘れられた時だよ」
何処からかパッヘルベルのカノンが聴こえてきた。ピアノ調の綺麗な音色。
「え?」
「だから、まだ生きてるよ」
ハルがぐうーっと伸びをする。
「誰か身内でも亡くなったの?」
「ふふふ。うん」
私はハルを見る。
いやいや、笑い事じゃないって。
ハッとして前を見るともくもくと灰色の煙が上がっている。
それとは裏腹に私の頭の中の靄みたいなものが、すーっと晴れていく気がした。
そして、私は思い出した。
カノンの旋律にのって、散らばった記憶が呼び起こされる。
葬儀場、登っていく灰色の煙、ハルの白い顔、薄汚れたミスドの店内とポンデリング。
ピアノの音が止む。
そうだ。ハルは死んだんだ。
ハルが死んだから、私は学校に通わなくなったんだ。
「そうか…」
「どうしたの?」
「ハルが死んだことを忘れていた」
「うん。ごめんね、死んじゃって」
「…ハル」
「ユメちゃんはね、生きなきゃダメなんだよ」
涙が溢れそうになって、慌てて上を向く。数時間前には馬鹿にしてたのに。上を向いても涙は溢れて、その上、耳に入るから鬱陶しいのに。
見上げたら空と眼が合った、気がした。実際そこに大きな眼なんて無かった。灰色の空の一部がキランと光って、落ちてきたのはポンデリングと抹茶フラペチーノ。
「合格だって」
そう言ってハルが、私の手からポンデリングとフラペチーノを奪う。ポンデリングをひとくち齧る。
あぁ。そう言えばこれはハルの大好物だったんだ。
ミスドに行ったらポンデリング、スタバに行ったら抹茶フラペチーノ。ハルの頼むものはいつも決まってた。
「さよならだね」
「うん」
頬を濡らした雫を手で拭って、「じゃあね」ってハルが言うから、私は「またね」って返した。
これがせめてもの私の祈り。
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