第5話
涙でハルが見えなくなって、目を開けた。
自分の部屋の、ベットの中だった。
完結したようで完結してない私の夢は、これからもずっと胸に残る。
ハルはきっと、私の頭を、胸を、覆い尽くしてなかなか晴れない霧のように漂っていくんだ。これからも。
宙ぶらりんの空中ブランコは少し風を受けただけでグラグラと揺れて、不安定で危ない。ハルは、私の心に寄生するように、包み込むように、いつまでも風化されず、感情はあたたかいまま。
私は一筋、頬に光る涙を拭って起き上がる。
これまでのことを思い出すために頭を働かせた。
ハルの葬式から、私はずっとこんな感じだ。
葬式というのは聞いていた通り、地獄だった。涙を流した量の多い人が、“いい人”。くだらない。私みたいに人前で涙を流せない人はどうしたらいいんだ。
神様といわれるものが存在するのならば是非問いたい。
ねぇ神様。どうして、何もかも終わってしまう瞬間が、同等に美しいのでしょうか。
ハルは、誰よりも、何よりも美しいはずなのに。
やっぱりこの世界は地獄だ。
でもどうして、私は今、この地獄を滑稽で美しく感じているのだろう。
陽だまりになって消えていってしまう日々のように、本当は何もない人ばかりで、本当は何もなかったはずのものが、数秒前に作られては消えていく。そんな矛盾の中の儚さ。
見上げるともくもくと煙が出てきている。
黒と白が混ざれば灰になって共に消えてゆく。
ハルは、あの水色の空に溶けていってしまった。
ハルの葬式が終わってから私は、学校に行く代わりに汚い街の真ん中の薄汚れたミスドの店内で、ハルをずっと待っていた。毎日、毎日。本を読む振りをしてハルを待っている。本なんか滅多に読まないのに。ていうか、実際読んでないけれど。ただ持っているだけ。我ながら迫真の演技。
そんな中でパラリと捲ったページの一文に目がいく。
『少年も残酷、少女も残酷です。優しさなどというものは、大人の狡さと一緒にしか育っていかないものです』って。へえ。
毎日どれだけ待ってもハルはこなかった。二人がけのテーブルはいつも片方しか埋まらない。毎回ポンデリングを3つも頼んでるのに。お小遣いが飛んでくっつーの。家に帰って不貞寝をした。ハルのバーカ、いい加減出てこいって。そして起きたら、アレ?ここ何処?って。ポンデリングと抹茶フラペチーノを持ったまま、果てしないくらいのアホ面。だったと思う。
ハルが、呼んでくれたんでしょ。
会えて良かったよ。
ありがとう、ハル。
着替えて、家を出る。
地面に影がある。
道端に咲く小さな花。
爽やかな温い風。
3ヶ月振りの制服と3ヶ月振りの登校。だって、今日は卒業式だから。
私は私を卒業するの。たぶん。
ゆっくりと下る坂道。
もう隣にハルはいない。
そんなことは分かってる。
やっぱり、スタートラインに立つのはひとりきりだ。
私は3ヶ月前とひとつも変わらない目をしていて、でも確実に歩いている。歩けば景色は変わる。
風がふわっと吹いて、目の前に薄ピンク色の花びらがはらはらと舞う。ああ、桜だ。
『春になれば花は咲くの。旅をすれば、人と会う。やるべきことをして、なりたいものになって、幸福を追い求めても良いんだよ』
ねぇ、ハル。
私は少しだけ春を好きになれそうだよ。
ふと空を見上げてみる。そこに眼は無い。もちろん、ヒノノニトンもジャイアントパンダもジャイアント馬場も落ちてこない。
パレットに薄い水色を引き延ばしたような色だった。少しだけ眩しい。
その水色のどこかにいるであろうハルに心の中で手紙を書く。
『ハルへ。
元気にしてますか。
こちらは地獄そのものです。
それでも私は頑張ります。
不安よりも光を信じることにしたので、これはきっとすごく地道で辛いこともあるかもしれないけれど、グリコとダルマさんが転んだをふたつしていると思うことにしました。
じゃんけん、たまには負けてよね。
こちらはもう春です。
身体中に春が駆け巡りました。
この世界は地獄だけれど、色彩豊かな季節があるの。
見える?桜色。
ねぇ、ハルまであと何歩? 』
ハルのユメ__________FIN
小説の一節は三島由紀夫「不道徳教育講座」から引用。
ハルのユメ 乙川美桜 @o_t_o_m_e__
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