はじまりの準備
客入り前のこの時間、メインホールには静けさが漂っている。一方で、楽屋では、打ち合わせが騒がしく行われている。
「じゃあ今日もピエロは、ビラ配りと客寄せね」
「分かった」
半泣き半笑顔の仮面を着けたピエロさん。いつもと同じ、スーツみたいな格好をしている。
他のメンバーは、団長も含め、舞台衣装ではなく普段着である。と言っても、彼らの普段着も舞台衣装と変わらないほど派手だけれど。
「ハンドとウィッチは、テント前で誘導お願いね」
「はいよ」
「分かった」
相変わらず、ハンドさんの声は何処からともなく聞こえる。けれど、その姿は見えない。
一方、魔女の帽子を被った子がウィッチだろう。見た目からすぐ分かる。なんせ上から下まで黒一色なのだ。
「他の人はステージの整備と小道具の確認。それと各自演目の確認しといてね」
「「「はーい!!」」」
団長はというと、大きめのグレーのパーカを着ているためか、より一層子供に見える。
*****
「しかし、何でこない所にテント建てたんや?」
「知らないよ、団長がここにするって言うから、 建てただけだよ」
「それにしたって、河川敷の橋下って・・・他にあったやろ!」
「しーらなーい!僕は言われたとおりテントを運んで建てただけだもん!」
「別に責めてる訳やないで・・・」
所々に装飾が施された緑色のテントの入口前に、ハンドさんとウィッチがお客さんを待っている。ピエロさんが頑張って客引きをしないと、この二人は暇なのである。
「しかし、このテントはいつ見ても不思議やな。外から見たらこんなんしかないのに、何で中に入るとあんな広いんやろ?」
2人が立っているテントは、キャンプでよく使われるような、緑色のテント。けれど、その内部には、コンサートホール並の広さがあるメインホールが広がっている。メインホールには、下ステージと本ステージの2つのステージがあり、そこがサーカスの舞台になっている。また、メインホールの客席はもちろんのこと、それ以外にも、サーカス団団員用の楽屋まで存在する。
テントの中の空間が歪んでいるとしか考えられない、とても不思議なテントなのである。
「団長のテントだしね。不思議じゃない方が不思議だよ」
「確かにな・・・」
そんな風に二人が無駄口を叩いていると、テントの中から小さなシルエットが現れた。
「何仕事サボってるのよ!ちゃんと仕事しないさいよ!」
現れたのは、妖精の衣装に着替えた団長だ。
「だ、団長!いやでも、そんな事言われましても、まだお客さんゼロですやん?俺らの出番無いんですよ?」
「うるさいわね!どこにいるんだか分からないけど、口だけは達者ね!黙って仕事してなさい!」
ここか?ここか?とハンドさんの居場所を指さすが、見事に外れている。
「いや団長、俺が黙ったら存在消えちゃいますやん」
「うるさい!口答えせずに仕事をしろ!!ほら!お客さん来たから!」
そう言って指さしたのは、ハンドさんではなく、テントに向かってくる数人の親子だ。
「さあ!笑顔笑顔!!」
「いやだから、俺見えませんやん」
「うるさい!!」
「ハンドさんはいつも一言余計なんだよ・・・」
今日もショーは始まる。
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