ⅩⅤ.【Who Killed Cock Robin?】


 全員が、寧々の顔を注視した。彼女は誰のことも見ず、ただ真っすぐに、テーブルを見つめていた。

「兄さん。兄さんたち。そこまで来てるんだよね?

 ここにね、みたいにそっくりな子たちがいる。いい霊媒になってくれるはず──」

 それを聞いた途端、全身の産毛が逆立った。彼女は自分たちを霊媒にしようとしている。そして、それは今まさに

 寧々の、無邪気な子どもが、祠の前に殺した蝶をおくような行為よりも──それによって、本当に。頭蓋骨の内側で明滅する危険信号の光がぶわりと膨張し、脳と、目の奥を圧迫した。

。入ってきて」

 耳元で囁かれたように感じられた。頸動脈を伝い、音が心臓に流れ込む。夜に向かって開いた窓。カーテンは激しく波うって闇を手招いている。その向こう、ひらめく古い布の影、驚くほどに無防備な子どもたち。

 突然、大きな音を立てて窓が閉まった。古い窓硝子に、ぴしりと罅が入る。衝撃で白いカーテンが人の背丈ほども膨らみ、それが三人にまといついた。

 

 テーブルから手が離れなかった。掌は板にぴたりと張りついて、それなのに自分の体は暴れようとしなかった。ぐるり、と、周囲を見回す。口が開く。

ここはウ・スュイ・ジュ?』

 声にならない悲鳴があがった。

「ジュリアン? それともローラン?」

 寧々はなおも続ける。瞳は鬼火の赫き、少女の小さな顔の中で爛々と、不意に──眞紘の脳裏に、閃くものがあった。階段の下、あるいは寝台の下、嵐の夜、闇の中に光る一対の瞳。

 知っている。

 自分はこの眼を知っている。

『ルゥルゥ』

 口から出た単語に、寧々は驚くほど強く反応した。弾かれたように顔をあげた彼女は興奮状態で、たてがみが逆立つのを見るようだった。

『ロロは? ローラン、俺の弟。どこにいるんだ?』

「ジュリアン。ジュジュのほうなんだね。今ここにいるのは?」

『ルゥルゥ──その声はルゥルゥなんだな? 見えないんだ。ここはとても暗い』

 勝手に口が動いた、喉ではないもっと深くから声が出ているような気がした。

『そうだ。俺は……ああ、思い出した、窓だ。窓辺にいる。俺は湿原を見ていた、もうすぐ三月がやってくる湿原を──そうしたら、ロロ。お前が。お前が、俺の首を』

 テーブルが倒れ、寧々──ルゥルゥと呼ばれた少女が、燃えあがる炎のような赤毛を振り乱して叫んだ。

がジュジュを殺したって云うのか!」

 獣のような仕草で眞紘に飛びかかった。

 その瞬間、夢吾が脚を伸ばして勢いよくテーブルを蹴倒した。寧々にそれがあたり、細っこい体が床に転がる。

 突然、体が自由になった。

 眞紘は、千紘の腕を掴んで引き、寧々と、窓から距離をとった。テーブルごと吹き飛ばされた彼女の、セーターを着た腕を、仁が膝で踏みつける。寧々は化け猫のような悲鳴をあげて暴れたが、半泣きの紅一が家具を隠していた白い布をとり、彼女に覆い被せた。

 ばたん、と扉が開く音がする。全員がそちらを見た。

 黒いガウンに、赤い靴。扉の上まで届く長身。

「──おや、随分と盛りあがっているようで」

 扉の影には、沙羅が立っていた。どうやら、彼女が校長を呼びに行ったらしい。

 彼の後ろから入ってきた養護教諭らしい恰好の女性や、警備員らしい男性が担架をてきぱきと準備する傍らで、落ち着き払った校長は、なにかを喚こうとする寧々の細い手首を掴むと、素早く注射器を取り出して、白い腕の内側にするりと針を刺した。白い液体が注入される。寧々の眼が泳ぎ、口数が減ったと思うと、くたりと首が折れる。仁が眉間に皺を寄せたまま、その白い液体を睨んだ。

「さて、“勿忘草”の皆さん。ここはですよ」

 校長は微笑み、手に持ったプレートをこちらに見せた。その表には、確かに『修繕中・立入禁止』と書かれていた。

 あんな札が掛かっていただろうか?

 そのとき、千紘の腕を掴んだままだったことに気がついた。強く握りしめていたから、慌てて離す。「千紘、ごめん。痛くないかい?」

 千紘は黙って、眞紘に掴まれていた手首に視線を落としていたが、顔をあげると──不気味なほど──普段どおりの笑顔に戻っていた。

「いいえ、眞紘。守ってくれてありがとう」

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