ⅩⅣ.【降霊会の夜】
「談話室なら、教室がある棟の近くにある『大きい家』の中だけど」
菫之助はきょとん、とした表情で訊ねた。「こんな時間に、誰かと
「いや、まさか」慌てて、昼間の出来事を話すと、菫之助は目を丸くした。
「へえ。降霊会」
「なかなか変わった趣向やね、歓迎会にしては」
「うん。でも、やりたいと言ったのは、僕と千紘もだから」
「眞紘くん、幽霊とか信じるん?」
おっとりとした口調で問われて、咄嗟に「いや」と首を振ってしまった。それから「でも──目に見えない、まだ未解明のものはこの世にあると思っているよ」と付け加えた。
「素敵な考え方だと思うよ。美徳としての畏れを失わずに済む」
頷いた菫之助は、ベッドの頭側に掛けられた版画ちらりと見た。眞紘もその画面を注視する。闇の中に並んだ真紅のさくらんぼ──まるで落下していくような。
その闇と同じ色の瞳をフイ、と絵から逸らして、菫之助は窓から外を見て首を傾げた。
「でも、夜の自由時間だと、談話室に他のファミリィの子も居ると思うよ。それはええの」
「うーん。集合場所として指定されただけだから、もしかしたら場所を移動するのかな」
「言っとくけど、たとえ女子から誘われたとしても、女子寮は入ったらもうめちゃくちゃに叱られるで」
「そんな虎穴に入る度胸はないかな」
笑いながら、飾り格子の嵌った窓の外に視線をやる。陽が落ちつつある景色のなかで、三月の湿原は、流れ出した血が拡がるように赤く染まっていた。
「─…菫之助も、降霊会に来ないかい。茉莉や、夢吾と仲がいいんだろう」
赤を見ているうちに、じわじわと胸に滲んできた不安が、突然の誘いとなって吐露されてしまった。少し目を丸くした菫之助は、鴉の羽のように目を細めて笑った。
「──気が向いたらね」
扉の上には,《娯楽室》と彫られた古いプレートが貼られている。
談話室の前に集合したファミリィ(当然、ジナイーダはいない──菫之助も、結局いっしょに来なかった)を、寧々は、暗い階段を上り、二階へ案内した。
足を踏み出すたび、微かに軋む床板に、紅一がびくっと身を震わせるのを茉莉や寧々が小声で揶揄いながら、電気の消された二階の廊下を歩いていく。手に持った旧式のランプで、扉のひとつを照らし、彼女は芝居がかった口調でこう言った。「みなさま、ここが、今回の会場です」
中に入ると、少し埃の匂いがしたが、一応は使われることを前提とした清掃はされているようだった。床や、置かれたビリヤード台、テーブルの上のバックギャモンや壁際のダーツなどは、今すぐにでも遊べそうだ。
「そういえばあったな、こんな部屋」夢吾が、ビリヤードのキューを手にとって構えてみせる。様になっていたが、仁は鼻で笑って「お前、こういうの弱いくせに」とそのキューを掴んで、ふざけて押し戻す。夢吾も腹を刺されたようなポーズをして、崩れ落ちるふりをした。
「チェスとか囲碁とかは談話室にあるから、わざわざこの部屋にきて遊ぶ子って少ないんだよね」
だからボク、探索してみたんだ、と寧々は腕を広げた。
「ウィジャ
「それがさあ。無かったんだよね」不思議で仕方ないという風に、寧々は首を傾げた。さすがにないだろ、と夢吾が苦笑したが、あると信じて疑っていなかった様子の寧々は声を大きくする。
「だってさ、これまで誰も、幽霊を呼び出そうとしなかったなんてこと、ありえないよ。ここは不思議の国だもの。ここで死んだヤツも、いなくなったヤツも、数えきれないくらいいる。ボク、本当はずっと前からやりたかったんだ──降霊会。だって絶対に、何かがくるはずなんだもの」
当然のことだ、と言わんばかりの寧々の態度に、茉莉や仁は肩をすくめ、夢吾は子どもの癇癪に対応するように笑っていたが、眞紘は薄っすらと寒気がした。爛々と光る、好奇心いっぱいの猫の眼のような彼女の緑の瞳が、闇夜の真ん中で揺れる、無防備な灯火のように感じられた。取り囲む闇から、その火を目指して、なにかがくる。
「でも、特別な道具がなくたって、降霊術は執り行えるんだ──」
喋りながら、寧々は、部屋の中央で、不自然に布を被せられた家具に歩み寄る。その白い布を、手品のようにパッと取った。
「降霊術には、テーブル・ターニングっていう方法がある。
このテーブルに、三人で手を置く。そして、念じるんだ。幽霊に、ここへ来て、返事をしてくださいって」
三本脚の
寧々が事前に準備していたのか、埃ひとつない、しかしなんの変哲もないテーブルに、紅一が引きつった声を洩らして扉の近くへ移動する。扉の脇に立っていた沙羅が、驚いたのか、少し距離をとった。「ただのテーブルにまでビビってんなよ」と、仁が揶揄う。
「まずはボクと、チヒロとマヒロでいこう」
「おいおい、いきなり新人を指名は荷が重くないか」
やわらかい口調で制止した夢吾に、寧々は真っすぐに眼を向けて言った。
「だって、二人は二月にやってきたんだもの。しかも、鏡あわせみたいにそっくりな、特別な二人なんだ。まるで、舞踏室の双子みたいにさ。
二人がいれば、必ず成功する」
純粋に、この儀式の成功を信じている、という眼差しは、夢吾を始めとした上級生たちを黙らせる力があった。
千紘が眞紘の手をとる。あたたかい手の感触に驚いて千紘の顔を見たが、彼女は当たり前のように「わくわくしますわ。ねえ、眞紘」とこちらに微笑みかけた。
三人の立ち位置が等間隔になるように、テーブルを囲んで立った。正三角形の真ん中に置かれた丸テーブルに、寧々に促されて、それぞれが右手を置く。ひやり、と、冷たい木の感触がした。
「呪文とかは唱えないの?」
訊ねると、寧々は天板に目を落としたまま「要らないよ」と言った。
「さあ、ここにいるのは誰?」
なんの合図もなく、いきなり寧々が口にした質問に、眞紘と千紘は顔を見あわせてしまった。周囲のメンバーのリアクションも確認したかったが、「集中して」と寧々の尖った声が響き、おとなしくテーブルに視線を落とす。
テーブルが、カタカタと振動し始めた。眞紘も驚いたが、紅一は「ひっ」と声を出し、さらに娯楽室の入り口に近づいた。テーブルの振動は止まらない。仁が鼻で笑う。「ずいぶん、演技派な奴がいるな」
気にせず、寧々は続ける。
「イエスなら一回、ノーなら二回、合図をして」
カタン、と、テーブルの脚の一本が音を立てた。天板に手を置いていた眞紘にも、ぐっとテーブルそのものが持ち上がった感覚がわかった。おお、と小さくどよめきがあがる。また、千紘と目があった。お互いに、自分じゃない、あなたじゃないよね、という色を含んだ視線が交錯する。
その時、突然寧々が口を開いた。驚くほど低い声だった。
「兄さん、来ているの?」
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