ⅩⅩⅡ.【第二の謎】

 ぞっと、背筋が冷えた。氷の手で背骨を掴まれたかのように──

「冗談、冗談」

 夢吾が、両掌を顔の横で広げる。何かを消すマジックを披露したマジシャンのように。

「サルヴァトーレってのは、前に俺たちのファミリィにいた生徒だよ。──転校したんだ」

 説明してなかったっけ? と笑顔で首を傾げる。その瞳が何かを偽っているには見えなくて、余計に手に力がこもった。眞紘の邪推でなかったとしたら、隠すのが巧いということなのだから。

「サルヴァトーレのこと、誰から聞いたの?」

「さっきの──」名前も聞いていないことを思い出す。「──その、階段の下にいた男の子からなんだけど」

「ふうん──」夢吾は首をひねる。「誰だろうな、そいつ。それこそ、サルヴァトーレなんかはよくここに来てたけど……」

 ふと、その横顔を見ているうちに思い出した。初めて出会った場で、茉莉はこう言っていた──『二月の初めにはたった七人だったファミリィ』。

 ならば、一月の時点では七人ではなかったのだ。

 


 なんとなく、三人で連れ立って図書館を出ると、また、すれ違った何人かが眞紘のほうを注視した。自分ではなくて、夢吾か仁の知り合いが彼らを見ただけ、と言い聞かせようとしたが、ひそ、と誰かが耳打ちした言葉が聞こえてしまった。──「本当にそっくりなんだね」。

 十中八九、千紘と眞紘のことだろう。陽が落ちかけた石段の途中で、木の陰に隠れるように眞紘は足を速めた。

「みんな僕たちに注目していて、少しきまり悪い感じだ」

 すれ違う人がいなくなった途端、つい、そう口に出してしまった。夢吾と仁が振り返って、眞紘の顔を見てくる。

「これまでも季節外れの転入生くらい居ただろう」

「まあ、言い伝えだし」夢吾は困ったように眉を寄せる。「二月に出入りする生徒って、ちょっと珍しいからさ。だって、なんで三月まで待てないんだ? ってみんな不思議に思うわけで」

「そうかもしれないけど──」ずっと思っていた内容が口から出る。

「そもそも、噂のジナイーダだって、二月に来たんなら、──彼女が既に破滅をもたらしていても仕方ないんじゃないか?」

「少なくとも、ファミリィに事件は起きたよな」

 突然、ずっと沈黙していた仁が言い放った台詞に、場が凍りついた。

「事件ってなんだよ」

 夢吾が声をあげた。彼は笑顔だった。「そりゃ一年間、何もなかったわけじゃないよな。でも、俺たちの間では何にもなかったろ」

「俺たちの、ね」

 仁は笑っていなかった。何事にも冷笑的シニカルな態度をとってきた彼の無表情は、周囲の温度がより低くなる。

「でも、転入生は、気になるみたいだぜ」

 口の端だけで笑んだ仁の糸切り歯は、狼のように尖っていた。彼の、どちらかというなら上品な細面に隠された鋭さは、こうしてふとした時に顔を出す。それはナイフの切先の閃きに似ていた。

 その眼差しから逃げずに見返すと、夢吾が場違いなほどのんびりと、独り言のように呟く。

「そういや、そろそろ定例会を開かないといけない頃合いなんだよな。

 冬の中庭も見納めだ。三月兎のお茶会といこうか」

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