Ⅱ.【鏡のなかの城】


 窓は白く、その向こうの闇を閉じ込めるために凍りついていた。

 眞紘はなにも云えず、目の前の少女を見つめていた。凍った窓硝子に向かいあう二人が映って、まるで四人の少年と少女がその場にいるように──あるいは、彼らの、この世と、あの世の姿をあらわしているようにも思えた。

「どうなさいましたの。顔色が優れないわ」

 千紘と名のった少女は動じず、小さな顔を少し傾けて眞紘の目を覗き込んだ。

「い……いや、その」思わず目を逸らしてしまい、また彼女の自分と同じ色の瞳を見ると、どきりと心臓が跳ねる。「僕たちは……とても似ていると思って」

 取り繕うのは得意ではない。素直に云えば、千紘は「ええ、わたくしもそう思います」と、微笑んだ。芝居がかったような言葉遣いであるのに、どうしてか、彼女が用いるとしっくりと馴染む、旋律のような声色だった。

「僕は眞紘。苗字は……」す、と千紘が唇に指をあてた。眞紘は口を閉じる。静かに、のゼスチャではなかったが、どうしてか、そうした方がいい気がした。

「名前も似ていますわね。ちひろと、まひろ」

「そうだね。……どういう字を、書くの」

 半ばわかっていて訊ねた。コートに包まれた胸の中で、心臓は不穏に高鳴っていた。

「数字の千に、いとへんに広いと書く紘ですの」

「やっぱり。僕もそのひろだ。ま、は、まことの、上にカタカナのヒが乗っている方」

「あら、万の字ではありませんのね」

 残念でしたわ、と口元に手をあてた千紘がどこまで本気かわからず、眞紘は率直に思ったことを言うことにした。

「君は僕の──」

 しかし、その瞬間、突然に汽車が大きな悲鳴のような音を立てて、窓の外が白く眩くなった。隧道トンネルを抜けたのだ、と気づくまでに数瞬間かかる。いつの間に、あんなに暗い闇そのものみたいな穴ぐらを走っていたのだろう。

 落ちてきたみたいだ。

 ふとそう思い、眞紘は、まだ早春の光に慣れない眼を瞬かせた。

 汽車が減速する。

 窓の外に、城が見えた。

 青い丘、湿原の王国。灰水色の、光を透かす薄曇りから、その城へ──眞紘たちが向かう学園へ、光の束が幾つか射していた。

 天使の梯子だ。

 目も心も奪われたように、車窓に見入る眞紘の耳を、鈴の音めいた少女の声が撫でた。

「わたくしたち、鏡の国の双子のようですわね」


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