ぼくらが鏡だったころ

しおり

Ⅰ.【三月の王国】


 自分はこの光景を知っている。

 デジャ・ヴゥという素っ気なく、気取った名前で呼びたくはないほど、その景色を見たときの気持ちは切なく、不可解で、そして──懐かしい。

 あの美しい涯ての海、つめたく燃えあがる鬼火のような青い丘。湿原に沈む無数の命のための墓碑のような、かつては祈るために、今は微睡むために閉じ込められた少年少女の城。

 三月の王国。

 鏡を覗きこめば、白い吐息に曇る車窓から、その聳え立つ孤城を見ている、少年、あるいは少女だった頃の自分の姿を幻視する。それはあの王国に置き去りにしてきた、魂の後ろ姿───



 眞紘まひろは、駅舎で白い息を吐いた。もうすぐ、汽車が到着する。

 時代遅れだが上等な仕立ての紺色のダッフルコートは、ほんのわずかに毛羽立ち、うぶ毛のような銀灰色がきらきらと二月のしんと冴えた空気に光っていた。襟から、かすかにライラックの香りがする。古い衣裳櫃の匂いだ。まだ学園についてもいないのに、眞紘は寂しくなって、その襟を立てて深く息を吸い込む。

 持ち込めるものは三つだけ。

 最低限の衣服と金銭、常備薬、必要事項の書かれた書類──そういうものは除いて、選ばなければならなかった。

 眞紘のトランクの中には、文庫本と、万年筆と、手紙が入っている。

 重みなどほとんどないはずなのに、革のトランクの把手は手袋越しに皮膚にずっしりと食い込んで感じた。

 白い煙をあげながら、汽車が滑り込んでくる。

 結局、乗客は自分だけのようだった。扉を手動で開き、木造の座席の間を、できるだけ静かにしているつもりで歩く。それでも鳴る密やかな足音に、なぜだか息を圧し殺したくなった。

 トランクを足元に置くと、コートを脱ぎ、座席に腰掛ける。やっと肺の底から息を吐けた。

 しかし次の瞬間、眞紘はその呼吸を丸ごと飲み込んでしまう。

 一瞬、鏡があるのかと思った。

 深い青の天鵞絨、擦り切れて淡く星雲の浮かぶような座席の向かいに、淡く透ける亜麻色の髪と、薔薇色に煙ったような瞳をしたが腰掛けたのだった。

 清潔な白い襟、黒いジャケット、そして焦茶色の革のトランクまで──何もかもが、眞紘と鏡写しのようであった。

 少女の薄い唇は、やわらかく弧を画いている。

「──はじめまして。それとも、どこかでお会いしたかしら?」

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