第15話 ぐるぐる巡って急展開!

 優子の危機を聞いた俺、ミィ、タマは、またまたクラブ『彩乃』に入りかかっていた設楽社長をマインドコントロールして潜り込む。


「お〜、若葉ちゃん。久しぶり。いつもながら綺麗だねぇ」

「設楽社長ったらお上手です事」


 源氏名を『若葉』と名乗る麻生文恵さんは相変わらずのトップクラスのホステスの人気ぶり。俺達は客を装いながら角田惣壱郎さんと文恵さん、そして優子の様子を観察する。だがこの時点で事態はすでに優子より男扱い慣れしている文恵さんの方がはるかに優勢だった。


「優子さんっておっしゃったわね? まだお若い様ですけど、将来角田財閥をお継ぎになる惣壱郎さんには不釣り合いじゃなくて?」

「いいえ。角田さんは私の事を将来有望の秘書だと見込んでお付き合いして下さってますのよ。そこらの水商売女と一緒にしないで頂きたいわ」


 二人の女性が散らす目線の火花は激し過ぎて、ウイスキーのアルコールに火が付いてしまいそうな勢いである。


「こら、止さないか優子。僕はどちらかと言うと若葉さんの様な包容力のある女性の方が好みだ。君にはもっと大人になってもらわないとな」


 優子は悔し紛れに惣壱郎さんの足を踏んづけるが、もはやそのドS効果も無い様だ。これはますますマズい。ミィも惣壱郎さんがクラブ『彩乃』から帰った後に、二人が出会った記憶をマインドコントロールで消そうとするが、惣壱郎さんも文恵さんも心の隙を見せずに成功しない。そもそも21世紀の角田社長から依頼されていたのは、この20世紀末の惣壱郎さんが文恵さんへの一目惚れそのものを阻止する事。


「だめだわ、これではミッション自体が失敗してしまった事になる。きっと因果関係が二人の絆を以前より強くしたんだわ」

「どう言う事だよ?」

「因果関係と言うのはね、次元を超越して人間関係に影響を与える事があるのよ。私達がミッションを繰り返した事によってその現象が起こってしまったんだと思う」

「それじゃあもう手詰まりじゃねぇか。ここは諦めて一旦戻るしか無いだろう」

「そんな〜、このまま帰ったらこっぴどく𠮟られてしまう〜」


 俺はこの時代の優子に、


「優子、悪いがそう言う事だ。これまでのお前の努力には本当に感謝してるよ」

「いいえ、お役に立てなかったみたいでご免なさい」

「またお前には将来世話になるぜ」

「その時に会えるのを楽しみにしているわ♡」


 俺は優子が最後に付けた「♡」にゾクっと悪寒を感じながらも、ミィとタマと共に、バッジにRの文字を刻んだ。21世紀の現代に帰って来た俺達の報告を聞いた優子は落胆し、同時に激怒していた。


「そんな結果じゃあビジネスにならないじゃないの! 取引は失敗も同じだわ!! ミハルさんもタマキさんも、また床掃除に戻ってもらうから覚悟しててね! ヒロくんも庶務課に格下げよっ!!」


 俺達は、三人揃って頭を下げる。


「はぁ〜い、どうもすみませんでした」


 次の日、俺達は重い足を引きずって角田商事本社の応接室へと向かった。


「それで、結果はどうだったんだね?」

「誠に申し訳ありません。かくかくしかじかで……」


 角田社長は、しばらく難しそうな顔をしていたと思ったら急に笑い出した。


「ワッハッハ。まあ頭を上げて下さい。貴方がたがタイムスリップで『多元宇宙』を創り出せると言う事は、もう証明されているのですよ」


 優子はぽかんと言う顔をして、


「と仰っしゃいますと?」

「実はあの契約のお話の前に、我が家にもう一人『惣治』と名乗る青年が現れましてね。見た目も性格も息子そっくりそのままだ。しかもそちらのミハルさんとお付き合いしていると言う。最初は訳が分からなかったが、今のお話を伺った後に彼が貴方が言う『多元宇宙』から来た息子だと合点が行きましたよ」

「そうだったんですか」

「これでビジネスは成立だ。早速契約に取り掛かりましょう。これから忙しくなりますぞ」

「はい! どうぞよろしくお願いいたします!」


 ここで俺は一つ疑問に思った。


「あの〜、ちょっと社長、よろしいですか?」

「なんでしょう、井原さん?」

「麻生文恵さんと和佳奈ちゃんの件は?」

「ああ、あれでしたらあのままで結構です。私だって大財閥の社長の身だ。愛人や隠し子の一人や二人居たって構いやしませんよ」


 なんだとぉ〜っ! ヒトに散々苦労かけさせやがって。こっちは死ぬ様な思いさせられたんだぞ!! このタヌキオヤジめっ!! だが角田社長にも良い所はあった。和佳奈ちゃんを実の娘と認知し、養女として引き取ってもう一人の惣治さん(こちらは戸籍上の双子で名前を『惣平』にした)と仲良く異母兄妹として育てる事にしたと言う。和佳奈ちゃんも好きな人と結婚こそ出来なかった物の、一緒に暮らせてさぞかし幸せな事だろう。文恵さんにもきちんと援助をして、銀座に高級クラブ『わかば』と言う店を構えさせたそうだ。ミッションそのものは失敗したが、偶然の産物として契約は上手く行ってしまった。


「それにしても、俺のこれまでの苦労は一体何だったんだ? 俺は結局何の役にも立って無いじゃねぇか……」


 ポツリとつぶやく俺にミィがさとす。


「因果関係を考えてみなさいよ。ヒロが頑張ったから未来の会社が成功したけど、そこで事故が起こって混線次元が発生したからこの契約が成立したんじゃないの。ヒロは混線次元を作る天才ね。ヒロが居なかったらとてもじゃないけど出来なかった事よ」

「俺は頭が悪くて良く分からんが、ミィがそう言うのならそうなのかも知れんな」

「私はヒロに言ったでしょう? 『大事なのは何が出来るかじゃない、何をしようとするか』だって……」


 俺は自信を取り戻し、大きく頷いた。そう言えば、混線次元の惣治さんが出現したと言う事は、優子の方はどうなのだろう? 俺はその点を優子に聞いてみたが、


「え? 私の方は私一人よ。何故でしょうねえ。ふふふ」


 と、謎の微笑みが返ってくるばかりだった。かくして未来の次元転移装置の改良は急ピッチで進んで、肉体を持ったミィとタマが未来に帰る日がやって来た。


「惣治さん、今まで貴方の事を騙していてごめんなさい。私はどうしても未来に帰らなければなりません。もうどうか私の事は忘れて下さい」

「カースケ、すまんな。ウチも別れは辛いけど、未来に帰らんとアカンのや。アンタは野球きばって立派なメジャーリーガーになるんやで」


 突然の別れの言葉に戸惑う二人を残して、ミィとタマは未来へと姿を消した。


 やがて世の中に平和が戻ってきた。人々の悩みは数百人の【ハイダーズ】達の活躍によって解消され、次元転移装置も計画的な運用でアクシデントが発生する事もなくなった。敏腕エージェント達は、あのポルタフスキー博士達の時代が不況だった原因の国際紛争に関わる発端となった大事件も見事に解決し、その後の未来の経済にも大きく影響を与えたと言う。俺はと言えば、角田社長の二回目のミッションが成功しなかったと言う理由からボーナスはチャラになってしまい、相変わらず優子の会社勤めと【ハイダーズ】の報酬金でコツコツと借金を返済しながらの毎日を送っていた。そんなある日、俺にちょっと変わった依頼が入って来た。それは未来のミィからの物だった。


「拝啓

 

 井原宏様


 この度、私はとある男性と結婚する運びと相成りました。諸々の事情により私には父親がおりませんので、貴方にバージンロードを私と一緒に歩く役をお願いしたく存じます。大変な我がままとは存じますが、お仕事のパートナーとして信頼を築き上げて来た貴方こそと思い、何卒お聞き入れ頂きたくご依頼に至りました。ご検討の程宜しくお願い致します。


 かしこ


 上條美晴」


 なんだってぇ〜っ! そうかそうか。そう言う時も来るだろう。と言うよりアイツに父親が居ないなんて初耳だぞ? プライベートな話なんかほとんどしてくれなかったしな。相手は一体どんな男なんだ? 仕事仲間を失うと思うと、なんだか自分の娘を嫁に出す様な気分になって来た。よし、この際だから引き受けてやるか。澄子の時の練習にもなる。俺は胸のバッジに手を触れて蝶ネクタイに黒のタキシード姿に変身すると、バッジにミッションの頭文字であるMの文字を刻んだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る