第13話 毒を以て毒を制す!

 20世紀末の角田惣壱郎さんの肩書きは角田商事の跡取り息子の専務。彼の素顔は、さらにその息子の惣治さんと同じくイケメンでモテまくりだった。もう結婚していると言うのに会社の経費で女性をナンパ遊びしまくり、取っ替え引っ替えヤリ放題。こんな奴、男の恥さらしだな。その惣壱郎さんの行きつけのお店はあの六本木の人気のBAR。今日もカウンターで片足組みながら座ってカッコつけて女漁りか?


「おいミィ、こないだはお前のマインドコントロールが効かなかったけど、他に何か良い手は無いのか? 例えばあの亜希子の酔い覚ましに使った時のポーションみたいな」

「ああ、そう言えば『一目惚れのポーション』ってのがあったわ。一発でコロっといっちゃう奴」

「何故それを早く言わなかったんだ!?」

「だってあれは強力な毒みたいな物だからかなり危険なのよ。未成年者にも使用禁止されてる位なので惣治さんのケースでも和佳奈さんに対しては使えなかったの」

「そうだったのか。だが例え危険だろうとこの際構わん。じゃあ惣壱郎さんにそれを使って、タマに一目惚れをさせよう!」

「え、なんでウチに?」

「だってミィには傍からマインドコントロール役をやってもらわないといけないからな。第一お前は他に役に立たねぇだろ?」

「ホンマに失礼なオトコやね。ま、やったろ」


 ミィとタマは一人でカウンター席に座っている惣壱郎さんを挟む様に座ると、


「お隣、よろしいかしら?」

「ええ、どうぞ」


 惣壱郎さんは『早速引っ掛かったな』とでも言わんばかりに鼻の下を伸ばしてドア側に座ったタマの胸の谷間を見つめている。ミィはその隙にバッジをキラリと操作して『一目惚れのポーション』を取り出すと、惣壱郎さんが飲んでいるソルティ・ドッグのカクテル・グラスにポイと放り込む。


「お嬢様方、お好きな物をどうぞ。ここは僕がご馳走しますよ」

「まあ、それはおおきに。じゃあウチはモヒートで」

「私はピニャ・コラーダをお願いします」


 惣壱郎さんは相変わらずタマの胸ばかり見ている。その時、BARのドアが『チリンチリン』と鳴って、二人のOLが入って来た。あれ? 見慣れた顔だなと思ったら、なんと俺の妻の亜希子あきこではないか! またかよ! 幸い今回俺はテーブル席でドアを背にして座っているし、他に開いている席も一杯ある。亜希子達がこっちに来なければ良いが……。ところが事態は思わぬ方向に発展した。タマの胸ばかり見ていた惣壱郎さんの目が、亜希子に釘付けになっているではないか! 惣壱郎さんはカウンター席をスッと立ち上がると、スタスタと亜希子の方に歩み寄り、


「こんばんは、お美しいお嬢様。僕は角田商事の社長の息子、角田惣壱郎と申します。よろしかったらご一緒しませんか?」

「まあ、あの角田財閥の? それは素敵だこと」


 なんと言う事だ。ミィが使った『一目惚れのポーション』が亜希子に効いてしまったのか!? 亜希子も亜希子だ。如何に俺と出会う前とは言え、金の力を持ったボンボンに釣られてしまうなんて情けない。いや、あのルックスを兼ね備えているなら無理もないか……。等と考えている場合ではない! このままではまたしても俺自身の存亡の危機だ!! 俺はミィとタマの座っているカウンター席に駆け寄ると、


「おい! なんて事をしてくれたんだ!!」

「すまんすまん、ウチのカラダが魅力的過ぎたわ」

「でもこんな偶然ってあるものね」

「何を無責任な事を言っている! これじゃあ俺達夫婦の間がどうにかなっちまうどころか、俺の存在だって消えちまうぞ!」


 と詰め寄る。そう、今更説明の必要も無いと思うが、亜希子は俺の命の恩人で、もし俺と亜希子が夫婦になっていなければ、俺が【ハイダーズ】になっていた事だってなかったのだ。


「あのポーション、すごく強力で解毒剤も無いのよ。だから危険だって言ったのに」

「もう一度時間を戻してやり直せないか?」

「ぞれは優子さんと相談してみないと」


 惣壱郎さんと仲良く話す亜希子を残して六本木のBARを後にした俺達は、その翌日、耳のヘッドセットで21世紀の優子に連絡を取り、この危機的状況を説明する。


「それはヒロくんにとっては一大事かも知れないわね。だけど惣壱郎さんの文恵さんへの思いは反らせているんだから、ミッションの目的自体は上手くいっているんじゃなくて?」


 元々俺と亜希子の夫婦仲を裂こうと企んでいる優子は呑気な声をしてそんな風に言う。


「ええ、そうですけど。でもこんなドジなオヤジですが【フィジカル・ハイダーズ】のヒロの存在が居なくなるのもどうかと……」

「どうして? ヒロくんの借金の件だったら私が肩代わりしてあげるって言ってるのに」

「それは、そもそも最初に麻生和佳奈さんが惣治さんに告白しようとしていた案件が失われてしまって、角田商事と交渉する私達の時間軸さえ狂いかねないんです」

「そう言われて見ればそうね」

「頼むよ、優子。もう一度時間を戻してくれ」

「タイムスリップのエネルギーに限度があるからミッションのやり直しは出来ないけど、そちらの時間軸での私なら協力してあげても良いわ。連絡先を教えてあげるので事情を話して協力を頼んでみれば?」

「え? この時代のお前に?」

「ちょうど大学を卒業して商社に就職した頃よ。角田商事のライバル会社、丸菱商事にね」


 俺が藁にもすがる思いで20世紀末の優子に連絡を取ると、その優子は懐かしそうな声で俺に会う約束をしてくれた。しかし優子と会った時には俺は40代のオッサンのナリだったので、


「エっ、ホントにヒロくんなの? なんか老けてる様に見えるけど?」


 と驚いていた様子だったが……。相変わらずキツい香りの、フランス語で『プワゾン』を意味する名の香水が鼻につく。しかし構わず、俺は昔彼女に渡したラブレターの話を始めた。


「なあ優子、君に俺が出した手紙を覚えているか? あの手紙の始まりはこうだったよな。『我がいとしの、きむらゆうこ様へ。ぼくはあなたの事がすきですきで仕方がありません。あなたはぼくの事をどう思っていますか?』って」

「プっ! 確かにそんな感じのヘンな内容だったわ」

「それから俺達の担任の先生。田村先生は実はカツラだって知ってたか? 運動会で大風吹いた時に飛ばされそうだったのを必死で押さえてたんだぞ」

「ええ、知ってるわ。クラスの間でも話題だったもの」


 この話で優子を信用させた俺は、そこから個室カラオケに誘い出すと、自分の姿を小学校時代の俺の姿に変身させた。


「きゃあっ! これどうなってるの?」


 ここで俺は、自分が未来から来た精神イメージである話を優子に聞かせ、現在の俺が如何に危険な立場に晒されているかや、ミッション自体の危機的状況を説明した。


「ふ〜ん。そんなSFみたいな話が本当にあるんだ。それでヒロくんは私にどうして欲しいの?」

「君は誰から見ても魅力のある女性だ。それを武器に惣壱郎さんを虜にして欲しい」

「そうしないと、ヒロくんの身が文字通り滅びるって訳ね?」

「ああ、そうだ。この通りだ。頼む」


 俺は非常に不本意ながらも床に両手を付いて優子に懇願する。優子は頭の回転が早く、適応力のある女だ。事態を把握すると、高慢稚気な顔で土下座している俺の頭をハイヒールの先でグリグリして来た。実体の無い精神イメージであるにもかかわらず、俺は痛がるフリをする。……辛い。これこそが精神的苦痛って奴だ。


「分かったわ。他ならぬヒロくんの頼みだから協力してあげる。だけどタダって訳には行かないわね。前金で100万円、成功したらその10倍でどうかしら? ヒロくんの人生や未来の会社の命運がかかってる事を考えたら決して高い要求じゃ無いと思うけど」


 うう、人の足元を見てふっかけて来やがった。やっぱり将来成功した女実業家の卵だけの事はある。まさに地獄の沙汰も金次第とはこの事か。俺が手付金として言われた通りの現金を素粒子還元して優子に手渡すと、優子は行動を開始した!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る