第11話 恋の芽生えのシーズン到来!

 ミィと角田惣治つのだそうじさんがデートすると聞いた俺は、居ても立ってもたまらずに後を尾ける事にした。何故かと言えば、ミィは【ハイダーズ】の大事なパートナーだからだ。そんな分かり切った事をタマは俺に聞く。


「なんでヒロがミィちゃんのプライベートに首突っ込むねん? そんなんほかしとけばええんちゃう?」

「そう言われてもよ、もし何かあったら俺達が困るだろうが。アイツはバッジのパワーだって使えないんだぜ?」

「う〜ん、それもそうやな。今のミィちゃんは只のか弱い女の子や。角田のガキがいらん事せえへんとも限らんしな」


 その日曜日、惣治さんはミィを角田商事のリムジンで我が家に迎えに来た。白いタキシードに両手に抱え切れない程の花束は、もうすでに花婿の出で立ち。何か勘違いしてるんじゃないのか?


 一方のミィもこの日の為にあつらえた淡いピンクのドレスとレースの付いた日よけ帽と、どこぞのお嬢様の様。偶然とは言えお似合いのカップルが出来上がってしまった。


 俺とタマは、会社の送迎車でミィ達の後を追うが、さすがに角田商事直属のリムジン。早々と俺達の尾行に気付いて巻かれてしまう。だがこんなこともあろうかと、俺はミィのスマホに位置情報GPS追跡のアプリをコッソリと仕込んでおいたのだ。


「ヒロはアタマの回転遅いクセに、そう言う悪知恵だけは働くんやな?」

「うるせえよ。このやり方は亜希子あきこから教えてもらったんだ。アイツはこの道にかけてはプロ並だからな」

「なんや、ヒロはヨメハンからストーキングされてたん?」

「妻が夫を愛して何が悪い!」


 ミィ達が向かった先は、逗子マリーナの港が眺望出来る高級レストランだった。あちらは港向かいの予約席だったが、俺とタマはちょっと離れた奥の席に座り、これまたミィのスマホに仕込んでおいた盗聴アプリを起動する。


「自分はどこまで趣味悪いのか分かっとんのか?」

「これも何もかもミィの為だ」


 ミィと惣治さんの会話が聞こえて来る。


「ドライブ中は退屈じゃありませんでしたか?」

「いいえ。景色が良かったから平気よ」

「ここは父の会社の傘下のレストランなんですよ。味がお気に召さなかったら言って下さいね」

「貴方は二言目には『お父様』の話ね。それはご自慢でしょうけれど、何か自分で自慢出来る事は無いの?」

「ははは。これは手厳しい。じゃあ、こんなのはどうです? 僕はテニスが得意だ。良かったら食事の後にお手合わせ願えませんか?」

「ええ、良いわよ。言っておくけど私、かなり強いから手加減しないわ。それでもいい事?」

「望む所です」


 食事が済むと、二人はテニスコートに移動した。テニスウェアにスコート、細身のスラッと伸びた脚のミィの姿が新鮮に写る。俺とタマは望遠マイク付きの双眼鏡で遠くから観戦する。


「3セットマッチで行きましょうか?」

「5セットマッチで大丈夫よ」

「いきなりですか?」

「手加減しないって言ったでしょう?」


 二人がコートのポジションに付くと、審判が大きな声でコールする。


「ザ ベストオブ 1セットマッチ 上條 トゥ サーブプレイ!」


 ミィはボールを高くトスして上げると、大きく振りかぶって豪快なスイングをした。ボールはプロ級の猛スピードで惣治さんのコートの外角ギリギリの所にヒットする。コートの中ほどで待ち構えていた惣治さんは身動きすら出来ない。


「フィフティーン ラブ(15-0)」


 ミィは勝ち誇った顔で、スコートの中から次のボールを取り出すと、今度は惣治さんの中心めがけてサーブを打ち出した。惣治さんは必死で打ち返す。甘く返って来たボールをすかさず捉えたミィは、惣治さんのいる反対側のポジションにポイとボールを打ち返した。惣治さんは慌ててボールを追いかけるが、ボールは虚しくバウンドしてコートの外にコロコロと跳ねていった。


「口ほどにもないわね」


 ミィのこの一言が、惣治さんの勝負魂に火を付けた。それからの二人の試合はミィが優勢ながらも大接戦。ミィは惣治さんに容赦なく強烈なレシーブを叩き込み、ついにボールが惣治さんの大事な所を捉えてしまった!


「ぐあ」


 惣治さんは両膝を着いてかがみ込み、苦悶の表情に悶えつつも、どこかしら嬉しそうな顔をしているではないか。


「あら? 私達、案外相性いいのかも」


 そんなドS娘のミィの独り言が望遠マイクを通して聞こえて来る。


 その後のマッチも「デュース(40ー40)」を繰り返し、二人の息も仕舞いには途切れ途切れ。


 結局試合は3ー2とミィの勝ちだったが、


「なかなかの試合だったわ。見上げた物よ」

「いやいや、お見それしました。これほど強い女性は貴方が初めてです。是非またお相手願いたい」

「そうね。これからもシゴいてあげる」


 あれ、なんだか二人の間に妙な絆が生まれているぞ? ミィの表情もこれまでになく生き生きとしている。


 我が家に帰宅した後のミィも終始ニタニタしていて、スマホ片手に惣治さんを相手にラインでチャットをしているみたいだった。


 一方、長男の甲子雄カースケと言えば、高校の野球部の練習から浮かぬ顔をして帰って来て、


「パパ、ごめんなさい。僕、今度の試合のレギュラーに入れなかったよ」


 とポツリと嘆く。


「何をそんなに落込んでいるんだ? お前はまだ一年坊主なんだからそんなに焦る事は無いだろう? これからもっと頑張ればいいさ」

「うん、そうだね」

「そうや、そうや! ウチも応援しとるでー!」


 タマがムギュウとカースケに後ろから抱きつく。


「ちょちょ、タマさん! 近過ぎですってば!」


 そんなカースケが風呂に入っていたら、なんとバスタオル一枚姿のタマが、


「カースケ、タマ姉ちゃんが背中流したるわ」


と風呂場に乱入して来たらしい。カースケは慌てて前を隠しながら風呂場から飛び出して来た。


「何恥ずかしがっとんねん。ウチはただ元気つけたろう思とっただけやったのに」

「あのなあタマ。お前は年頃の男の子の心を何も分かってないな。頼むからこれ以上カースケを刺激しないでくれないか?」

「なんやのん。ウチの気も知らんでよう言うわ」


 カースケの野球の不振の原因は、実はコイツじゃないのか?


 俺が書斎で本を読んでいると、『コンコン』とノックをして深刻な顔をしたカースケが入って来た。


「おう、どうしたカースケ?」

「パパ。実はパパを男と見込んで相談があるんだけど……」


 う、なんだか嫌な予感がする。


「な、何だ?」

「パパは年上の女の人ってどう思う?」

「どうって、そりゃあ良い事もあるぞ。甘えさせてくれるしな。亜希子だって俺より一つ年上だ」

「だよね! それでその僕の言っている年上の女の人と言うのが、実はタマさんの事なんだ」

「タマがどうした?」

「僕、なんだか最近タマさんの事がどうしても気になっちゃって、それで夜も眠れない程で野球にも集中出来ないんだよ」

「そ、そうなのか。だがお前、学校に他に好きな女の子とかは居ないのか?」

「僕は学校では野球ばっかりやってたから。それにタマさんは僕にすごく優しくしてくれるし」

「そりゃあ、お前の気持ちも分からんでは無いがな。だがお前はまだ高校生だ。これから色んな女性と出会う機会だってある。タマだけが女って訳じゃないぞ? 目の前の色香に惑わされる事だけはするな。俺から言いたいのはそれだけだ」

「……。分かったよ、パパ」


 ふうぅ〜、やはり同じ屋根の下で暮らしているとイカンな。特にあのタマの天真爛漫な行動は注意せねばなるまい。俺はタマ達がいる客間をノックすると、


「入ってもいいか?」

「どうぞ〜」

「タマ、お前にちょっと話しがある」

「なんやねん」

「カースケがどうもお前の事を気に入っているらしい」

「そら嬉しいわ」

「無責任に言うな。どうもあいつは本気みたいだぞ。思春期の男の子の本気がどう言う物か分かるか?」

「失礼やね。ウチかて気持ちはまだ思春期のオンナのコやで。カースケの事はウチも気に入っとるねん」

「何を馬鹿な事を。お前は未来に帰る身分なのに、カースケの事をもてあそぶ気か?」

「そないな事言われたからゆうて、好きな物は好きやねん。どないせいっちゅうんや?」


 おーい、ミィにタマ。未来人が現代人に恋しちゃったよ。しかもタマはショタコン、よりによって相手は俺の息子だと!? 


 先行きを考えては頭を抱えるばかりの俺だった。

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