これからどうなる現代生活!?

第9話 七転八倒の実務経験!

 翌日の日曜日、スーはミィとタマとすっかり意気投合したみたいで、デパートの女の子用の洋服売り場でキャイキャイ言いながら流行の服を選んでいた。


「ミィちゃんはスレンダーだから、こっちのカジュアルっぽいのがいいかな〜。タマさんはグラマーだから、思いっきり胸のラインを強調してこんなのどうでしょう? きっと男達の視線をバッチリとゲットですよ!」

「スーちゃん、センスいいわね。気に入ったわ。これなら街を颯爽と闊歩出来そう」

「ウチもこれ好きやわ〜。これで彼氏をモノにしたる!」


 ミィもタマも、この危機的状況だと言うのにすっかりこの時代に馴染んでいる。洋服の他に靴、下着、生活用品、それにプリペイド式のスマホ等をしこたま買い込んで、俺は亜希子に渡された予算がスッカラカンになってしまった。俺は二人分の荷物をドッサリ持たされてヒィヒィ言いながらようやく帰宅。スーとミィ、タマはスーの部屋で早速ファッションショーに興じている様だ。さて、二人の住む所を確保したは良いが、明日からの生活はどうさせよう? 俺はIT企業の仕事があるから良いが……、二人には木村優子の会社でバイトでもさせるか。こちらの時代にも慣れさせにゃいかんしな。早速俺は優子に連絡すると、二人を契約社員として採用する約束を取り付けた。


―――― 以下、上條美晴かみじょうみはる視線 ――――


 翌日の月曜日の朝、ヒロから優子さんの会社に篠原環先輩と出向く様に言われた私は、麻布にある優子さんの本社へと慣れない電車で向かった。それにしてもこの時代の朝の通勤電車の混雑ラッシュ。よくみんな我慢出来るわね。スリムな私はまだ良かったけれど、タマキ先輩はテレパシーで、


「ちょいと、ミィちゃん! なんやウチ、キモいオッサンからムネとケツ触られて来たで!!」

「それ痴漢よ! ちゃんと捕まえて通報しないと!!」

「そないな事しよったらウチら会社間に合わへんやん」

「そりゃそうだけど。まったく理不尽な世の中ね!」


 ようやく優子さんの会社の始業時間に間に合った私達。


「【ハイダーズ】の次元転移装置のトラブルについては復旧にかなり時間がかかりそうね。と言う事でしばらく貴女達にはここで働いてもらうからそのつもりでいて頂戴」

「はい、分かりました」

「了解ですぅ」

「それからその私服、ウチには制服があるので早速着替えて下さい。まずは雑用からやってもらうけど覚悟はいいわね?」

「は、はい!」


 なんだかいつもと違う優子さんの態度に私は戸惑ってしまう。まあ、そりゃそうか。だって今日から優子さんは私達の上司。なんでも言う事聞かなきゃいけないのよね。私達はロッカールームに入って制服に着替える。あれ? これどう見ても掃除のおばさんじゃない。どうなってるの? ロッカールームを出ると優子さんが待ち構えていた。


「今日は会社中の掃除をやってもらうわ。やり方はこちらにいる先輩の阪本さんから教わってね。じゃあ、始め!」


 優子さんの隣には初老の怖そうな顔をした女性がモップを3本抱えて立っている。その阪本さんは私達にモップを乱暴に投げて寄越すなり、


「上條ォ! 篠原ァ! バケツに水を汲んで付いて来い! これから社内の床掃除の一周だ!」

「へ、へぇ〜い!」 


 優子さんの本社は20階立てのビル。総床面積にしたらどれ位あるのかしら? 各階ごとの床掃除の後のモップの水洗いはクサいし、移動はエレベーターじゃなく階段で疲れるし、重い水バケツを持っての労働は腰に来るし、さすがに筋力には自信があった私もこのキツい肉体労働にもうクタクタ。ようやく午後5時のチャイムが鳴って仕事が終わりと思ったら、


「今度はゴミ箱回収だよっ!」

「ええ〜っ!」


 残業なんて聞いてないよ〜。私達の身体ほどもある大きなゴミ回収の手押し車を押しながらオフィス内のゴミ箱漁り。社員さん達が捨てた書類やティッシュやは軍手してるからまだ良いとして、紙パックのジュースのストローを潰そうとしたら飲み残しのジュースが私の顔にプシュっとかかった。もうやんなっちゃう。なんとか残業が終わったのは午後9時過ぎ。会社のシャワーを浴びたのは良いけれど、安物のシャンプーでは逆にお肌と髪が痛んでしまうわ。明日から自分用のを持って来なくちゃ。


「あ〜、しんどかった。初日からこれやったら先が思いやられるわ」

「本当ね。どうなる事やら」


 そこに阪本さんが二枚の封筒を持って私達の前に現れる。


「はい。これがあんた達の今日の日給。明日は朝8時30分から、遅刻は厳禁だからね!」


 渡された封筒は妙にチャリンチャリンと薄っぺらい。中に入っている給与明細を見ると、時給630円と書いてある。え〜っ! いくら何でも安過ぎじゃないのよぉ〜っ! 今日は朝9時から夜の9時まで働き詰めで、稼いだお金はたったの¥6、300。お腹がすごく減って家まで持ちそうもないんだけど、贅沢は出来ないから¥380の牛丼でも食べて帰ろうかな。あ、こっちのお店なら¥320でお味噌汁も付いているわ。


「すみません、並盛り一つ」

「ウチは大盛り、半熟卵付きで」

「あ〜、ここは食券なんで、あちらの自動販売機でチケット買って下さい」


 店員さんのそっけない態度に、なんだかとっても惨めな気持ちになってきた。帰りの電車代さえ出ないのも辛い。ヒロの家にはただでさえ居候で洋服に身の回りの物もお世話になってて、ご飯までご馳走してもらってるんだからお小遣いくらい自分で稼がなきゃ。帰りの電車もやっぱり混んでるし、私はタマキ先輩を痴漢からガードする為に必死で彼女の身体を抱え込んでいたら、逆に周りから変な目で見られてしまった。なんて厳しい世界に放り込まれてしまったのかしら。ヒロの家にたどり着いた私とタマキ先輩だったが、私はもうヘトヘトでヒロが用意してくれていた夕食を食べる元気も無く、そのまま布団にバタンと倒れ込んでしまった。タマキ先輩はモリモリ食べてお風呂にも入っていた様だけど。


 それから金曜日までの4日間は、阪本さんの鬼の様なシゴキが毎日続いた。私とタマキ先輩は奴隷のごとくあしらわれ、オフィスでは会社の男の人達から『可愛いお掃除屋さんだねぇ』とお尻を触られてセクハラされるし、不愉快極まりない屈辱の日々だったわ。そんな金曜日の仕事の帰り。優子さんが私達に声を掛けて来た。


「どう? 現実社会の厳しさは?」

「それはもう、ひしひしと感じております」

「もう堪忍しておくんなさいな、優子さん」

「そうね、良く頑張ったわ。褒めてあげる。来週からオフィスワークに格上げよ」

「やった〜っ!」

「これで汚れ仕事からも解放やっ!」


 晴れ晴れした気分で帰宅した私達は、早速ビールで祝杯をあげていた。


「ぷはぁ〜っ、美味いっ!」


 え? 私は19歳だから飲んじゃダメって? それはこの時代でついたウソ。実は私、20歳なのよねん。つい亜希子さんの前で見栄張っちゃった。今日が誕生日って事にしておこう。未来人って都合がいいなあ。あ、でもバッジがないから住民票とか出生届とかどうしよう? 来週優子さんに相談してみよう。ま、なんとかなるか。その夜はタマキ先輩と遅くまで呑み明かし、翌日の土曜日は二日酔いで頭ガンガンの私だった。

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