第8話 思わぬアクシデント発生!
男性用のトイレで角田惣壱郎さんに変身したタマは、BARのカウンターの麻生文恵さんの所に戻るなり、コロっと冷たい態度を取って文恵さんを罵倒し始めた。
「全く君って人は気遣いがなってないな。僕が洗面所から戻って来たらおしぼりの一つも用意出来ないのか?」
「ごめんなさい、私がなっていませんでした」
「それに化粧が崩れているぞ? みっともない。ただでさえ醜い顔なんだから早く直して来い」
「……はい、分かりました」
文恵さんは、ちょっと涙目になりながら化粧室に言ってお化粧を直して来る。
「なんだ? 全然変わってないじゃないか? よく見たら足も浮腫んでいるし、トップのホステスだとちやほやされて、普段の手入れを抜かっているんじゃないのか? 君にはもう幻滅させられたよ。今日はシラけたからこれで帰る!」
「そんな、酷い……、これまで優しくして下さったのは嘘だったの……?」
惣壱郎さんの姿をしたタマは、さっさとBARから姿を消すと、文恵さんもとぼとぼと帰って行った。辻褄を合わせる為にタマはもう一度惣壱郎さんの姿をしてBARの洗面所に戻り、元の姿に変身すると俺達はBARを後にした。その後バーテンはトイレで気を失っている本物の惣壱郎さんを発見した筈なのだが……。その後日、惣壱郎さんがクラブ『彩乃』に行っても、もう文恵さんに相手にされる事は無くなった。客がホステスを傷つける言葉でけなすなど厳禁タブー、もってのほかである。アレが効いたらしく嫌われてしまったのだ。作戦は成功、惣壱郎さんもクラブ『彩乃』に出入りする事は無くなり、これにて一件落着。ミッション・コンプリート! 20世紀の俺と
「それでは、始めます」
ポルタフスキー博士が再生し始めた角田社長の別世界のイメージは角田社長の望み通り、隠し子の和佳奈ちゃんが存在していない世界だった。
「これは驚きですな」
「ご満足頂けましたでしょうか?」
「それで、私はこの世界に行けると?」
「はい。ただしあちらの世界に行かれると、この契約の記憶も亡くされてしまうので、ここの契約書に血判を押して頂いてからでないと困ります」
「それはそうでしょう」
ポルタフスキー博士は用意してあった契約書を角田社長に渡し、所定の手続きを済ませると、
「それでは、新しい人生をお楽しみ下さい」
この時点で新しい分岐点が発生し、俺達は現代に【ハイダーズ】の支社がある世界へと突入した。そこでポルタフスキー博士は角田社長と新たに契約を結び、優子を窓口にした現代での超時空救急隊【ハイダーズ】の依頼募集が始まったのだ。角田財閥の惜しみない援助で、未来の次元転移装置の改良は急ピッチで進み、ミィ達を含む500人程いる未来の【ハイダーズ】隊員達の肉体の現代へのタイムスリップも可能になった。彼らが処理出来る時間の幅も増えて俺の仕事も楽になり、角田社長の件を処理した報酬金のボーナスも出る予定になり、借金返済の目処も付いたのだが、どうしても俺の頭からこびりついて離れない事がある。それは麻生和佳奈ちゃんの存在だった。確かに優子が言っていた様に、彼女を犠牲にした事で、今ではより多くの人が助けられている。俺は頭が悪いから良く分からないが、アメリカの一流大学では有名な教授がこんな講義をしているそうだ。『殺人に正義はあるか』。内容を簡単に言えば、『1人を殺せば5人の命が助かる。そんな時に君はどうする?』これは昔から哲学者の間でも長い間論じられている議題らしい。とても俺なんかでは結論付けられそうにない。もうこれ以上深く考えるのはやめにしよう……。
そんなある日、俺とミィ、タマはちょうど現代で、とあるカップルの浮気の案件の処理中だった。突然俺達のバッジのパワーが効かなくなってしまう。
「何? どうしたって言うの?」
「ヘッドセットも通じんし、バッジを触ってもどうにもならへん」
「おかしいわ。こんな事以前には無かったのに」
俺は優子と携帯電話で連絡を取る。
「未来の次元転移装置にトラブルが発生したわ。連絡が途絶える直前の報告では、あまりに大勢のタイムスリップの処理の負荷に耐え切れずに、装置がオーバーヒートして爆発したらしいの。この状況ではミハルさんとタマキさんの肉体も未来へ帰れなくなってしまった」
未曾有の出来事に、いつもは冷静なあのミイでさえ慌てふためいている。
「これはどうしようもないな。とりあえずミッションは中断してお前達はホテルに戻れ」
ところが会社が用意していたクレジットカードも使えなくなっていた。これ以上浪費は出来ないので、俺はミィとタマを自宅の客間に泊める事にした。
「亜希子、こちらは探偵会社の同僚の上條美晴さんと篠原環さん。ちょっと事情があって今住んでいる所を使えなくなったので、しばらく家に泊めてやってくれないかな?」
「もちろんいいわよ。見た目からすると、大学1年の澄子とあまり変わらない年頃みたいだけど?」
「はい、私は19歳です」
「ウチは21です」
「そう。家の事は自分のウチだと思ってくつろいでね。澄子と高校一年の甲子雄とも仲良くして頂戴」
「ありがとうございます」
「おおきに」
そこに大学からスーが帰って来た。ミィとタマはスーに自己紹介をする。
「澄子さん、初めまして。今日からこちらにになる上條美晴です。私の事はミィって呼んで下さい」
「同じく篠原環です。タマって呼んでな」
「あ、井原澄子です。スーって呼んで下さい。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしゅうおおきに」
スーはミィとタマの格好を見て、
「それにしてもお二人さん、変わったファッションしてますねー。何かのコスプレですか?」
「ま、まあそないなトコやねん」
さすがにこれはマズいな。もっと普通の格好をさせよう。
「みんな、夕飯はまだでしょう? 今日は出前でお寿司でも取りましょうか?」
「わーい、やったー、ママ。久しぶりのお寿司!」
「そんな気ぃ使こうてもろてすんません」
「いいのよ、いいのよ。なにか娘が増えたみたいで嬉しいわ」
そんな訳で、今日は親父とお袋と合わせてリビングに8人もの大揃い。親父は若い娘達からお酌をしてもらってホクホク顔だ。ミィとタマはスーから借りた部屋着に着替えていて、ちょうど風呂から上がったばかりだ。
「いや〜、二人ともべっぴんさんだな〜。ずっとこの家で暮らしてても良いぞ」
「嫌だわ、あなた。鼻の下延ばしちゃって」
カースケはと言えば、グラマーなタマのあけっぴろげな部屋着姿に目のやり場を困ってか、態度をモジモジさせている。
「カースケちゃん、もっと仲ようしてよう〜」
「ちょちょ、タマさん!? あんまりくっつかないで下さいっ!!」
「なんや、カースケのいけずぅ!」
次元転移装置がいつ復活するかは検討も付かないし、当分この二人がここに住む事も考えて明日は洋服や生活用品を買いに行こう。亜希子が言っていた様に、本当に娘が二人増えた気分の俺だった……。
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