第6話 マズい再会をしてしまった!
精神イメージとして俺とミィ、タマがタイムスリップした先は20世紀も末の東京。
角田惣壱郎社長の話によると、
「私は当時、角田商事の後取り息子として専務の肩書きを持っていたんです。愛人の
との事。俺は角田社長と文恵さんとの娘である和佳奈ちゃんの事で胸が痛んでいるので、そんなの知った事かと言いたい所だが、これも請け負ってしまったミッションだ。さてこの二人、どうやって仲を遠ざけようか? やはりここはミィとタマの出番だろう。まずは文恵さんをクラブの勤務時間前から同伴して銀座のレストランで食事をしている惣壱郎さんの様子を伺う事にした。店に入ったは良いが、こちとら肉体を持たない食事は初めて。ナイフやフォークを掴むイメージが上手く沸かずに手を素通りしてしまう。
「ちょっとヒロ、何やってるのよ!」
「これ、どーやったらいいんだ?」
「普段やってる通りの事を頭に浮かべてやるだけの事よ。そしたら周りからも自然にそう見えるわ」
俺は精神を統一して目の前のステーキ料理を食べる自分を想像してみる。チャキチャキ、サクッ、あーん、パクっ。あれ、案外うまく行った。ステーキの味もちゃんと分かる。なんだか楽しい。モグモグしながら肉が喉を通る感覚までが伝わってくる。良く出来てるなあ。惣壱郎さんと文恵さんも、楽しげに会話しながら食事をしている。こうして見れば普通のカップルにしか見えない。この後に二人は高級クラブ『
「痴漢はアンタよ、このクズ男」
「サイテーやな。ヘンタイ野郎」
「ゴメンなさい。練習してたらつい調子に乗り過ぎました」
クラブ彩乃の看板の灯が消え、惣壱郎さんと文恵さんが肩を並べて出て来た。この後二人はアフターで六本木へとタクシーで向かった。俺達もタクシーを停めて後を追う。運転手には先程のレストランと同じく素粒子から実体化した現金を渡した。ニセ物では無く本物だ。こう言う手もあったのか。六本木で降りた二人は、人気の小洒落たBARへ入った。ここは俺が亜希子と初めて会った想い出の場所でもある。カウンターでお洒落なカクテルを呑みながらバーテンと話している二人は、どうやらここの常連みたいだ。ミィとタマにはピチピチのボディコン姿をさせて隣のカウンター席に座らせる。俺はテーブル席でドライマティーニをチビチビやりながら横目で様子を見る。カクテルグラスを持つ仕草も様になって来た。まあ、実際にアルコールが回る訳ではないんだが。さて、ここで作戦開始だ。ミィが酔った振りをして惣壱郎さんの膝にカクテルをこぼす。
「あっら〜、ゴメンなさい! 私ちょっと酔っちゃって。お高そうなスーツ、大丈夫でしたか?」
「いえいえ、安物ですからどうぞお気になさらずに。それよりお嬢様こそお怪我はありませんか?」
「私の事でしたらご心配なく。大事なデートのお邪魔をしてしまいましたね」
そう言いながらもミィは惣壱郎さんにマインドコントロールを仕掛ける。タマは床に落ちたグラスを拾おうとして大きく開いた胸の谷間で惣壱郎さんの目を釘付けにしている。どうだ、惣壱郎。ミィの美貌とセクシーボインのダブル攻撃。これに参らぬオトコは居ないだろう? ところが、惣壱郎さんはスっと目を反らすと、何事も無かったかの様に文恵さんと喋り始めたではないか! またもやミィのマインドコントロールが効かないのか? 親子そろって鉄の心の持ち主だな! そこに『チリンチリン』とBARのドアが開いて、二人のOLが入って来た。あれ、見慣れた顔だなと思ったら、片方は俺の妻の亜希子ではないか!? しかもまだこの時代では俺と出会う前の筈。そう言えば亜希子もこの店の常連だった。ここで亜希子と俺が出会ってしまったら、この時代の俺との出会いが狂ってしまい、後々の歴史に影響を与えかねない! 慌ててトイレに立とうとしたら、
「こちらのお席、よろしいかしら?」
と、亜希子に声を掛けられてしまった。もう遅い。
「ど、どうぞ」
亜希子と友人の女性は俺の向かいの席に座り、亜希子は好みのテキーラ・サンライズを注文しながら、
「素敵な夜ですね」
と、俺にささやきかけた。俺はこのセリフを良く覚えている。俺が一つ年上の亜希子に初めて会った時に言われた言葉だ。どうしよう。ここで俺が亜希子を振ってしまったら完全に俺の歴史が変わってしまうし、実体の無い俺が亜希子と付き合う訳にも行かない。ましてや俺は今、最重要ミッション遂行の最中でしかも難航中と来ている。そんな俺の様子に気付いて、ミィがテレパシーを送って来た。
「ヒロ? そこに一緒にいるのはもしかして亜希子さん?」
「ああ、その通りだ」
「どうして?」
「実はこの店は亜希子も常連で、俺が亜希子と初めて会った場所でもあるんだ」
「それって、かなりマズいんじゃないの?」
「かなりどころか、万事休すだ」
「でも、こっちのヒロの方が先に出会っちゃったんだから、とりあえず話を合わせておいて。その先はなんとか考えるから」
「分かった」
亜希子はまだ大学を卒業して二年ちょっとだろうか。若かりし頃の彼女は輝く様に美しく、俺が一目で恋に落ちた頃を思い出した。理知的で話題も豊富な亜希子との会話は、夜が更けるのも忘れて続いていった。店も閉まり、始発電車に向かう間際、
「またお会い出来るかしら?」
「もちろんです」
「では、来週末の金曜日に同じお店で」
そう言って、俺と亜希子は別れた。まるで若い頃に返ったかのような甘い余韻に浸っていた俺を、ミィとタマの怒鳴り声が現実に引き戻した。
「オラァ、ヒロ! ワレどないすんねん?」
「そうよ! こっちの手伝いもしないで惚けた顔しちゃって!」
「あ? ああ。そうだな。惣壱郎さんが駄目なら、文恵さんからって手もあるんじゃないか? あの様子を見る限り、二人はまだ仲の良いホステスと客みたいだし」
ミィは半信半疑な顔で俺を見ながら、
「じゃあ、文恵さんの方はヒロが引き受けてくれるの?」
「え? 俺は亜希子との約束があるから……」
すると、すかさずタマがツッコミを入れる。
「なに言っとるんじゃい、このボケェ! ホンマもんとカチおうたらどないするつもりなんじゃあ?」
「亜希子さんとの約束は、私が本物のヒロを見つけてマインドコントロールして誤摩化すしか無さそうね」
「それ、ホントにやってくれるのか?」
ミィは決心した様に、
「それしか方法が無いでしょ!? それよりヒロはクラブ『彩乃』に足繁く通って、何としても文恵さんを口説き落とすのよ、もうお金に糸目は付けなくて良いわ!」
「わ、分かったよ」
俺は下町のスナック位なら通っていたが、銀座の高級クラブなんて滅相もなくて足も踏み入れた事が無い。ましてや高級ホステスを口説き落とすなんて至難の業だ。もちろんミィも手伝ってくれるよな? 期待と不安にまみれながら、俺は銀座の夜のネオン街へと足を向けた。
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