第5話 矛盾した依頼が舞い込んだ!

 麻布にある木村優子の会社の本社の応接室では優子、ミィ、タマが無言の俺を置き去りにして【ハイダーズ】の現代の支社について話が盛り上がっている。


「実は私達の会社、もっと資金さえあれば次元転移タイムスリップ装置の改良が進んで、私達の肉体もこの時代にタイムスリップ出来る様になるって言うんですよ。そうすればヒロの【フィジカル・ハイダーズ】の負担も減るし」

「それがウチらの時代は長年の国際紛争で不況の最中。オマケに会社も営業もヘタレぞろいで丸々赤字のスッテンコロリン。タイムスリップのエネルギー代でさえままならん状況ですねん」

「じゃあこのお話、渡りに船って事でしょう? あの角田財閥がバックアップしてくれるんだから。もちろん窓口はこの私が責任持って担当するわ」


 俺はミィ達が実存体として協力してくれるならと少し心配が和らいだが、逆に優子がどんな依頼を請け負って来るか分かった物では無いとかえって不安になったりする。そんな俺の気持ちを他所にコロコロと話は進んで行く。


「ちょっと責任者に話をしてみますね」


 ミィは耳に付けたヘッドセットに向かってボソボソと小声で話し始める。間もなくしてミィの通信が終わり、


「今度の会議に担当の責任者がこちらに現れるそうです」

「それなら話も早く済みそうね」



 その翌々日。優子の応接室には、未来の【ハイダーズ】の担当責任者を名乗るセルゲイ・ポルタフスキー博士の姿があった。つるっピカの頭に側にかろうじて残った白髪の巻き毛ともじゃもじゃヒゲ、丸眼鏡に鷲っ鼻は絵に描いた様なロシア人。服装はいかにも科学者といった白衣の出で立ちだった。難しそうな表情をした角田社長と秘書を前に、ポルタフスキー博士はタイムスリップの原理をホワイトボードに書きながら説明している。


「今から約30年後の話ですが、太陽系の火星軌道上に突然マイクロブラックホールが出現しまして、それが次第に巨大化して火星を丸ごと飲み込んでしまったのです。そこに生まれたワームホールから繋がったのがこの30年前の世界でして、私が開発した物体素粒子化システムをこちらの時代の地球静止衛星軌道上に送り込む事によって、ここにいらっしゃる厳格な審査の上に資格者として選ばれた井原宏さんの肉体的なタイムスリップが可能になったと言う訳です」


 まだ解せぬと言う顔をしながら、角田社長が博士に質問する。


「それで、30年先から肉体的なタイムスリップが困難な理由とは?」

「単純に次元転移装置のエネルギー不足の問題です。素粒子化システムの様な単純な機械を一方的に送るのは簡単ですが、複雑な構造を持つ生きた人間の肉体を長い時間かけてタイムスリップで行き来させるエネルギーを得る為には、私達の時代に巨大な太陽光発電衛星を地球の軌道上に打ち上げる必要があります」

「具体的には、私どもにはどの様な協力が出来、そしてどの様なメリットがあるのでしょう?」


 ポルタフスキー博士は、物欲しそうな顔をしてゴクンの唾を飲み込みながら、


「角田グループ様は莫大な資金と共に、太平洋の日本国領域に太陽光発電に必要なレアアースの資源を抑えていらっしゃる。まずそれを提供して頂きたい。その見返りとして、【ハイダーズ】の報酬金の50%をお分けすると言うのはいかがでしょう?」

「なるほど。自分の過去や歴史を変えられるビジネス、これは巨大な需要がありそうだ。ですが倫理的な問題は無いのですか?」

「超次元救急隊【ハイダーズ】の目的はあくまで人命救助や人生のやり直しのお手伝いに限っています。株価操作やギャンブルなど、その時代の法律に反する行為には一切関与致しません。また、変えられた世界は多元宇宙パラレルワールドとなって別の世界に存在してしまうので、変化の矛盾も起きない仕組みとなっております」


 角田社長は、まだ会得がならぬと言う顔をしながら、


「しかしですな、その依頼主はどうやって自分の依頼が達成出来た事を確認出来るのですか?」

「ミッションがクリアされた後に、依頼主には願いが叶った後の多元宇宙のイメージが送られ、契約は完了します。そして依頼主は新たに生まれた多元宇宙で幸せな生活を送る事になるのです。これが私達の装置の事を『次元転移装置』と呼んでいる所以ゆえんです」

「分かりました。ですがお話だけでは本当に信じる事は出来ませんな。ここは一つ、まず私が最初の依頼主となって確認させて頂く訳には行きませんかな?」

「と、仰っしゃいますと?」

「実はお恥ずかしい話しなのですが、私には古い愛人と隠し子がおりましてね。今更ですが若気の至りと後悔しておるのですよ。そこでその過去の過ちを正して頂きたい」

「それはどの位前のお話ですか?」

「もう20年前の話です。相手の名前は麻生文恵あそうふみえ、その後に生まれた娘の名前は麻生和佳奈あそうわかなです」


 なんだってぇーっ!? 麻生和佳奈さんと言えば今回のミッションの依頼主ではないか! その依頼はこの角田社長の実の息子とカップルにさせると言う物だ。だが話を聞けば二人は異母兄妹!? さらにその依頼主の和佳奈さんの出生すら消してしまおうと言うのか!? なんと言う勝手な父親だ! 俺は怒りと葛藤で頭が混乱してクラクラして来た。


「良いでしょう。お引き受け致します。ただし前払いでお願いしますよ」


 おーい、引き受けちゃったよ、このボケ博士。まあ、冷静に考えてみたら麻生さんと角田君は血が繋がっているんだから結婚出来る訳じゃないし、最初の依頼自体が無効になる訳なんだが……。何も存在自体を抹消してしまうなんてあんまりじゃないか。それに20年前なんて、肉体を持った俺にはタイムスリップ出来る訳も無い。博士はどうするつもりなのだろう? 角田社長達が去った応接室で、ポルタフスキー博士は俺達に説明し始めた。


「と言う訳で、諸君らには新しいミッションに移行してもらう事になった。今回は井原宏君にはミハル君達と同様に、精神イメージとして20年前にタイムスリップしてもらう。まだ慣れないとは思うが、コツはミハル君とタマキ君から良く聞いてくれたまえ」

「ちょちょちょ、本当に麻生和佳奈さんの存在をナシにしちゃうんですか?」

「それが今回の依頼だ。我が社の未来が掛かっている。背に腹は代えられんだろう」


 どこまで冷血なタヌキオヤジだ。俺としてはあの可憐な和佳奈ちゃんを応援したかったのに……。


「ヒロ、気持ちは分かるけど、あの二人が結婚出来ない運命なら仕方が無いじゃない。和佳奈さんはあくまで『時空的可能性』の一つだったって事なのよ」

「それにこのミッションが成功すれば、どれだけより多くの人々が救える様になるか、それを計りにかけて考えてご覧なさい、ヒロくん?」

「そやねん。うちらの仕事はキビシイんやで」


 ううう、この三人まで。【ハイダーズ】は人命救助が目的じゃ無かったのかよ? 体よく誤摩化しているが、これはこの世に存在した少女の殺人じゃないのか? この裏切り者め……。


「それでは優子さん。角田商事との取引と前払いの回収は頼みましたよ」

「お任せ下さいな、博士」

「では、失礼」


 そう言い残すと、ポルタフスキー博士は未来へと姿を消した。俺は気の進まない身体を引きずりながら、時間を止める為に優子の会社の休憩室に入って鍵をかけ、長椅子に横たわるとミィから教わったやり方でバッジに操作をした。周囲の星々が放射状に加速しながら俺の身体は宇宙へと舞い上がり、気が付いたら眼下には遠ざかる地球が見えていた。やがて星々の形が歪み始め、俺はワームホールへと吸い込まれて行く。これが精神的なタイムスリップと言う奴なのか。


 「綺麗だなあ」


 これから起こる修羅場を予想する事も出来ずに、俺はそんな呑気な事を考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る