第4話 ヤバい事を知られてしまった!

 ホラーハウスから出て来た麻生和佳奈さんが落ち着くのを物陰から観察していた俺達は、頃合いを見計らって再び角田惣治君の二人をマインドコントロールにチャレンジする。


「どうだ、ミィ?」

「駄目だわ。麻生さんは疲れ切っているし、角田君は心の隙を見せない。私も集中力が続かなくなっちゃった。もう今日はこれ以上無理ね」


 そう言われても、麻生さん達の修学旅行は明日の朝が帰京日だ。一旦東京に帰って作戦を練り直すしか無いだろう。それにしてもタマの奴、ホントに役に立たん先輩だな。そこでふと俺は疑問に思った。


「おいタマ。このミッション、【フィジカル・ハイダーズ】の俺が本当に必要だったのか?」

「上司がウチだけじゃ頼りないからゆうて、ヒロと組めっちゅうて命令して来たんよ」


 何だよ、とばっちりかよ。俺達は洗面所で元の学生服に戻って、堀川さんと竹井さん、それに角田君の友人二人と合流すると、何気ない顔をして麻生さん達と落ち合い、残りのテーマパークを満喫した。角田君は相変わらずミィにお熱の様で、歯の浮くセリフを連発する。ミィはお得意のツンツン態度で角田君を奴隷の様に冷たくあしらうが、角田君はめげもしないどころかそれを喜んでいる様にさえ見える。コイツ、もしかしてMっ気野郎か? 一方、麻生さんはそれを見て落ち込むばかり。未来の麻生さんは彼となら上手くやれる筈との事だったけど、ホントに彼で良いのかなあ? テーマパークを出ると、俺達は麻生さん達とバイバイして、角田君はミィに名残惜しそうな視線を浴びせながら自分達の高校の指定のホテルへ向かって行った。


「さて、これからどうする?」

「幸い今回のミッションは時間軸がヒロの夫婦旅行と同じだから、ヒロは一旦祇園のお茶屋さんにタマと戻ってて。私は明日ヒロが東京に帰った後にまた合流するから、その時にやり方を考えましょう」

「すまんなあ、ヒロ。ウチがドジなばっかりに」

「まあ、相手があの角田君じゃあ、それも仕方が無いさ。明日から宜しく頼むぜ」

「ウン、今度こそまかしとき」



 俺はタマの脳内イメージと共に祇園のお茶屋に素粒子化して移動すると、自分のバッジに手を当てて元の姿に戻り、亜希子の隣で京料理に舌鼓を打ちながらタマの見事な舞を見ていた。タマが舞を終えると俺と亜希子は大きく拍手をし、タマは三つ指をついて『おおきに』と言うと、座敷の奥に姿を消した。ふぅ~。取り敢えず夫婦水入らずの時間を取り戻した俺は、亜希子と一緒にタクシーでホテルに戻り、旅の思い出を語り合いながら眠りについた。翌日、早朝の新幹線で東京に戻った俺だったが、午後から渋谷のIT企業に出社した所を企業グループの会長である木村優子きむらゆうこから電話が入って来た。


「ヒロくん? 今私の本社に、あの大手財閥グループの角田商事の社長さんがアナタに会いたいって言って来てるんだけど、何か心当たりある?」

「え? ツノダ商事? さぁな?」

「兎に角、すぐに来て頂戴」


 麻布にある優子の本社の広い応接室のソファーに案内された俺は、そこで待ち構えていた俺より少々年配の男性に既視感を覚えていた。渡された名刺には「代表取締役 角田惣壱郎つのだそういちろう」とある。あれ、どっかで聞いた名前だな。その人物は俺の名刺を見るなり、


「初めまして。貴方が井原宏さんですね?」

「はい。そうですが?」

「実は今日こちらにお伺いしたのは、ビジネスのお話では無いんですよ。私には高校3年になる息子がおるんですが、昨日修学旅行先から妙な連絡をして来ましてね」

「はあ」


 ここで、俺はなんだか嫌な予感がして来た。この時点でこの人物があの角田惣治君の父親である事は間違いがない。


「親の私が言うのもなんですが、息子の惣治は惚れっぽい男なんですよ。なんでも旅先で都立D高校の上條美晴さんと言う方に一目惚れしたと言う。そこで私のツテで調べたんですが、D高校にその様な名前の女子生徒は居なかった。そのお友達である篠原環さんと言うお方もね。唯一引っ掛かったのが、篠原さんのボーイフレンドを名乗っていた井原宏さん、貴方は昨年のD高校の卒業生、井原澄子さんのお父様ですよね? これはどう言う事でしょうか?」


 マズい。たった半日でそこまで調べられたのか。これは不覚だった。


「な、何かの間違いじゃないんですか? まあ私にも澄子と言う名の娘はおりますが……」

「確かにそうです。D高校の日程では、修学旅行の予定はもっと先だとか。では息子が会ったのは一体誰なのでしょう?」

「そんな事を私に聞かれましても……」

「確認させて頂く為に息子を呼んであります。お~い、惣治。入って来なさい」


 応接室のドアが開くと、角田惣治君が入って来る。角田君は俺の顔を見ると、


「父上! やっぱりこの人です! 年格好は違っていますが、顔付きだけは間違い様が無い!」


 角田社長は息子さんの一言を聞くと、興味津々な顔をして俺を見つめた。


「ふ~む。井原さん、貴方の最近の行動を調べさせて頂いたが、昨日までご夫妻で関西をご旅行なさっていましたね? 場所的には近いが、貴方と息子が会った井原宏さんとでは細かいスケジュールや年格好には決定的なズレがある。どうやら貴方は何か時間を操る重大な秘密をお持ちの様だ。その秘密、是非とも我が社と共有して頂きたい」


 う、鋭い。ここまでバレかけてしまって、どうしたら良いのだろう? ここで俺やミハルの【ハイダーズ】の裏事情を知っている優子はこう切り出した。


「ようやくビジネスのお話になった様ですわね。こちらとしても検討させて頂きたく存じますので、また日を改めてお話し合いの場を設けさせて頂けませんか?」

「今日の所はそれで宜しいでしょう。良いお返事を期待していますよ」


 角田親子が去った応接室で、俺は優子に、


「おい、まさかお前、【ハイダーズ】の秘密を漏らす気じゃないんだろうな?」

「さあ? それはミハルさんとも相談しないと」


 優子は内線で秘書を呼び出すと、


「お待たせしていた方をご案内して頂戴」


 と言った。すると間もなく、応接室には秘書に案内されてミィとタマが入ってきた。


「事情はヒロのテレパシーを通してあらかた聞いていました。あ、こっちは私の先輩のタマキさんです」

「篠原環です。よろしゅうに。お噂はかねがね伺っとります」


 優子はタマのマニアックな戦闘迷彩服のスタイルを見てクスっと笑い、


「タマキさんね。ヨロシク。それにしても随分と勇ましい格好の先輩だ事。それでミハルさん、貴女のご意見は?」

「私の一存で決められる事じゃないですけど、ウチの会社、どうも最近経営難みたいなので相談してみようと思います」

「ウチも賛成です」

「ちょっと待てよ! お前ら自分達が何をしようとしてるか分かってるのか?」

「あらヒロくん。要するに、この時代にも【ハイダーズ】の支社を作って依頼主を募れば良いって事になるんじゃない? ねえミハルさん」

「さすが優子さんですね。女手一つでここまでの実業家に成り上がっただけの事はあるわ」

「実は以前から構想だけは練っていたのよ。ただ人材の確保と資金繰りをどうしようかなって考えてたの」


 優子は初恋の相手の俺に迫るのも忘れて、新ビジネスの話に目をキラキラ輝かせている。なんだかとんでもない方向に話が向かって来たぞ。只でさえ【フィジカル・ハイダーズ】は俺一人で大忙しだってのに、これ以上仕事を増やしてどうする気だ? それに麻生さんの依頼だってまだ片付いてないの忘れてやしないか? 俺は女三人が勝手に話を進める中で、一人でキリキリ胃を痛めていた。

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