第17話 あの美女が帰ってきた!

 その翌日からと言う物。午前中のトレーニングでヘトヘトになった俺は、会社の社長椅子での居眠りが日課となってしまった。こんなんで高給もらってて良いのだろうか? なんか近い内にとんでもないバチが当たりそうな予感がする。木村優子(俺の次元の方)は相変わらず熱烈なお誘いを仕掛けて来ていたが、俺はあの混線次元の優子さんのSっ気(サドっ気)本性を知ってしまったので、怖くて手を出す気も無い。その効果もあってか、お誘いの方は徐々に熱が冷めて来た様だ。それでもヨガのレッスンと称してあられもないポーズを間近で見せつけて来たり、過剰にムチムチボディをくっつけてくる優子は、まったくもっての困ったちゃんである。ミィはと言うと、どういうつもりか俺がメシを喰おうとしている直前に突然時間を止めて、俺は日本全国各地の自殺名所巡りをやらされている。こないだなんか、また身代わりになって日光の華厳の滝から落っこちてしまい、危うく滝壺に飲み込まれる所だった。いまだにキリストクロスの切り方は苦手だ。他にもミィのマインドコントロールも効かずに自殺志願者の説得に失敗し、タイムスリップし直す事はしょっちゅうで、俺は身体を鍛えるトレーニングなんかより心理カウンセラーになる教室に通った方が良いんじゃないかと真剣に考えている所だ。そんな折、優子のヨガのクラスに新しいインストラクターが入って来た。はて、どこかで見た顔だなと思ったら、なんとあのお台場のホテルの屋上から飛び降りようとしていた元キャバ嬢、大原聖奈おおはらせいなではないか!


「みなさん、おはようございます! 今日からインストラクターを務めさせて頂く大原聖奈と申します。まだ至らぬ新人ではございますが、どうぞよろしくお願い致します! ナマステー」


 数日後。ヨガのクラスが終わった後に、聖奈の方から声を掛けて来た。


「あの~、違ってたらごめんなさい。もしかしてヒロシさんですか?」

「はい、そうですよ。聖奈さん」


 俺は出来れば関わりたく無かったのだが、あのさなかでも顔を覚えられていたか。


「ああ、やっぱり! あの時は助けて下さってありがとうございました! と言うより良くご無事でいられましたね!? 私、あの後すぐにホテルの警備員さんに連絡したんですけど、どこにも姿が見当たらなくって」

「あー、あの時はたまたま作業用のブランコみたいなのに引っ掛かって助かったんですよ。それで恥ずかしくって、すごすご引き上げて来ちゃいました」


 まさか本当の事を言う訳にもいかないので、適当な事を言って誤摩化す。


「そうだったんですか、良かったぁ~」

「ところで、聖奈さんはどうしてこちらのインストラクターに?」

「元々勤めてたキャバクラのオーナーさんの系列店がこちらだった物ですから紹介されて、水商売よりは健康的かなって」


 なんだと、優子はキャバクラの経営までやってたのか? どんだけ手広く商売やってんだ?


「それは良かったですね。こう言う職場なら嫌な思いもしないで済むでしょう」

「ハイ、頑張ります! ところでヒロシさん、今日の夜、何かご予定ありますか? 良かったら先日のお詫びに夕食をご馳走したいんですけど?」

「いえ、特には入ってないですけれど、でもお詫びなんて気になさらなくて全然構いませんよ」

「そんな! それじゃ私の気が済みません! 是非是非ご馳走させて下さいっ!」

「ハハハ。ではそうさせて頂きます」

「では、ライン交換しましょうねっ!」


 う~ん、つい断り切れなくてOKしてしまったが、せっかく亜希子と仲直りしたばかりなのに、ここでまたうら若き女性とディナーとは如何なものか。しかも亜希子は探偵まで雇って俺の身辺調査をしていたと言う徹底ぶりだ。しばらくは厳重警戒が必要だろう。ここで俺は妙案を思いついた。混線次元の俺(以下、俺Bと呼ぶ)にアリバイを作ってもらい、その間に俺はぬけぬけと若いコとデートする作戦だ。早速俺は、社用のスマホ(こっちは亜希子に知られていない)から俺Bに連絡すると、今日は都合が付くと言うので、『謝礼ははずむから、俺に協力してくれ』と依頼する。俺Bも前回の引け目があるので快諾してくれた。もちろん亜希子にもガラケーから「今夜はちーちゃんの店で呑んでから帰る」とメールを打っておく。渋谷のIT企業で退社時間を迎えた俺は、変装した俺Bに社まで来てもらってから俺のアルパーニスーツ姿で送迎車でちーちゃんの店に向かわせ、俺はそのスキにハゲカツラにグルグル眼鏡で変装し、地下の通用口からビルを出て、その足でいそいそと聖奈ちゃんの指定したデート先へとタクシーで向かう。変装はタクシーを降りてから待ち合わせ場所近くのデパートのトイレで予備のアルパーニスーツに着替えた。ここまでやってりゃ完璧だろう。


 聖奈ちゃんが連れて行ってくれたレストランは、決して高級店では無いが小洒落たイイ感じのイタリアンだった。安ワインで乾杯するのもまた良し。くだけた感じで大盛りの家庭風料理を小皿に分け合って食べるのもまた良し。やっぱり若い女の子とお食事って楽しい。ほろ酔い気分の聖奈ちゃんが俺に聞いて来る。


「ねぇ、どうしてヒロシさんは、ワタシを止めてくれたんですか?」

「それは守秘義務があるから言えないんだよ」

「やっぱりヒロシさんって、探偵さんなんだ。カッコいいな~」

「それはないな~。ご覧の通りの冴えない中年オヤジさ」

「ワタシは好きですよ、年上のオトコのヒト♡」


 あ、なんだ、この感じ。胸がキュンとした。帰りのタクシーを拾い、同じ方向だからと聖奈ちゃんが一緒に乗り込む。隣で膝をくっつけて来る。聖奈ちゃんが俺の耳元でささやく。


「ヒロシさん、ワタシのホントのお礼はこれからデス」

「え?」


 聖奈ちゃんは、タクシーの運転手に別の行き先を告げた。

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