第16話 混線次元は不可解だった!

 会社に回してもらったワンボックス車でマイホームに着くと、我々四人は亜希子あきこの居るリビングに入った。亜希子は一人掛けのソファーにもたれてぐんにゃり寝ている。テーブルにはウイスキーの瓶やコップ、ツマミの袋や食べかすなどが散乱していた。俺はささっとそれを片付けて、混線次元の木村優子きむらゆうこさんと過去の俺、それにサラリーマン姿のミィを長椅子のソファーに座らせる。ミィはコップを指差して、


「ヒロ、それに水を一杯汲んで来て」


 と言った。俺は言われた通りにカウンターキッチンへ行って、コップに一杯の水を汲み、テーブルの上に置くミィは首からかけたバッジを操作するとキラキラとした粒の様な物が出て来て、それをポイとコップの中に放り込んだ。その粒は瞬く間に水に溶けてゆき、泡みたいに消えて行った。


「その水を、亜希子さんに飲ませてあげて」


 俺は亜希子を抱きかかえ、口を開けさせると少しづつ水を流し込む。


「ブフッ!」

「おい、亜希子。起きろよ。この水を飲むんだ」

「う~ん、うるさいなぁ~。飲めばいいんでしょう~」


 亜希子は自力でコップを持つと、ゴクゴクと水を飲み干した。


「プハぁ~。あれ? ここは、ウチのリビング。私どうしちゃったんだろう? あなた? アレ? ソファーにもヒロシが座っている。優子さんまでいる! 一体何がどうなっているの!?」


 亜希子はどうやらミィの処方薬で正気に戻ったは良いが、目の前に二人の俺が居るのを見てパニくっている様だ。ミィが男の声で口を開く。


「亜希子さん。初めまして。私は公証人の柏原かしはばらと申します」


 ミィは幻覚の名刺を亜希子に差し出す。


「はあ」


 亜希子は名刺を受取り、じっと見つめる。


「この度はご主人様が奥様に浮気の誤解を受けたとお聞き受け、それを解く為にやって参りました」

「はあ」

「亜希子さんの目の前にいらっしゃるお二方は、亜希子さんがご存知の方に見えるかも知れませんが、それは違います」

「はあ?」

「こちらの書類をご覧下さい」


 ミィはアタッシュケースから、またしても幻覚の書類を取り出す。


「これがこちらのお二方の婚姻届と戸籍証明書、運転免許証です。どうですか? まったくの別人ですよね」


 亜希子は渡された書類や免許証の写真と、優子さんや過去の俺の顔を何度も見比べる。


「た、確かに……」


 亜希子はまだ信じられないと言った顔で二人を見ていた。


「これでご主人の疑いは晴れましたか?」

「は、はい!」

「良かった。それでは我々はこれで失礼します」


 亜希子は急にシャキッと立ち上がり、両手を膝に添えて90度の角度でお辞儀をした。


「あ、あの、わざわざお出向き頂いて申し訳ありませんでした。お見苦しい所をお見せしてしまった上に、何のお構いも出来ませんで……」

「いえいえ、お役に立てただけで幸いです」


 何度も深々とお辞儀をする亜希子に、俺は声をかける。


「ちょっと外までお送りして来るから」


 会社のワンボックス車に戻った俺達四人は、安堵の息を漏らしていた。


「いや~、お陰様で無事に済みました」

「良かったね、ヒロ」

「今回ばかりは、お前の手際の良さには頭が上がらないよ、ミィ」

「俺達もなんかご迷惑おかけしちゃったみたいですみませんでした、ヒロさん。まさかこんな事があるなんて思ってもみなかった物ですから」

「それは不可抗力ってもんですよ。まあ、無事解決した事だし、これからもお二人のお幸せをお祈りしています」

「ありがとうございます」


 そこで、俺は以前から気になっていた事を思い出した。


「そうだ。ヒロさん、貴方の携帯電話、今どうなってます?」

「いや~、それが何故か昨日から全然繋がらなくて。携帯の店に行っても『回線はちゃんと通じてますよ』って言われて原因不明だったので、自腹で新規に契約したんですよ。これから知人友人に『電話番号変わりました』のメール打たなきゃいけないと思うと気が滅入ります」

「私も以前、同じ事があったんですよ。あれはちょうど結婚してから会社を辞めて、主人と投資信託を始めた頃だったかな。でもおかしな事に前の携帯は時々通じたり通じなくなったりを繰り返してますけどね」


 やっぱりそうだったのか。同じ次元に二つの携帯電話が存在していると、元の持ち主の方が優先されるらしい。しかしこの混線次元とやら、どこを接点にどの様に広がっているのだろう? 俺はその疑問をミィに聞いてみた。


「混線次元と言うのはね、二つのシャボン玉がくっついたみたいな物で、その接点を軸にして全く別の世界が展開しているのよ。それでヒロと過去のヒロさんや優子さんだけが二つの世界を行ったり来たり出来るって訳」

「じゃあ、今の自分がどっちの世界に居るか確認するには、自分の携帯が通じるかどうかを試してみれば良いって事か」

「そうなるわね」


 なんとも面倒な事態が発生してしまった物だ。


「ちなみに、お二人は今どちらにお住まいなんですか?」

「代官山に新居を買いましたわ」


 それにしてもこの二人。新居があるなら、わざわざ怪しげな設備のあるホテルになんか行かないで、自宅にそれ専用の部屋でも作れば良いでは無いか! ますますワケが分からなくなって来た。まあいい。


「それではヒロさん、念の為に新しい連絡先を教えておいて下さい。それからお互い仕事も家族も変わっているのでそちらは問題無いとして、友人知人への連絡は重複しないようにくれぐれも気を付けましょう」

「分かりました。はい、これが新しいスマホです」


 過去の俺は、新しく買ったスマホを取り出すと、登録してある自分のプロフィール画面を俺に見せた。待ち受け画面が、早くも優子さんのおみ足らしきハイヒール画像になっていたのには少々引いてしまったが。優子さんと過去の俺は会社のワンボックス車で自宅へと帰って行った。ミィは人影の無い所まで行き、「じゃあね」と言って未来へ姿を消した。


 俺が玄関を開けるなり、亜希子は俺に飛びついて来た。


「あ~な~た~♡ ゴメンなさいね~! ホントは信じてたのよぉ~っ!」

「おいおい、よさないか、こんな所で」

「いいからいいから、今夜は仲直りのお詫び♡ 久しぶりに、ネっ♡♡」


 あー、二日連続で寝不足なのに~。なんでこうなるのかな? もちろん、悪い気はしないんだけれど。

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