時空のアリ地獄にハマってしまった!

第14話 どうも違う方向に流れ始めた!

 その後、しばらく俺はビジネスホテルに泊まる生活が続いた。幸い俺のミッション専用のクレジットカードは有効だったし、木村優子さん専属運転手の仕事でいきなり潤い始めた過去の俺からも宿泊費を出してもらっていた。携帯電話もプリペイド式のを買ったので何一つ不自由は無かった……のだが。どうも優子さんと過去の俺との付き合い具合の雲行きが怪しい。過去の俺がヘンな相談を俺に持ちかけて来た。


「あの~」

「どうしました?」

「俺達って、そっちの気、ありましたっけ?」

「そっちの気とは?」

「いわゆるM(マゾ)と言うか……」

「は?」


 何の事だろうか?


「優子さんが、事あるごとにイジメて来るんですよ。最初は言葉だけだったんですが、最近は膝っ小僧でグリグリしたり、ハイヒールのかかとで踏んづけたり」

「はあ……」

「俺も最初は仕事だと思って我慢してたんですが、なんか最近それが苦痛から快感に思えて来ちゃって」


 俺は断じて言うが、そっちの気は無い。だが過去の俺がそう言うのなら、話は別だ。


「いや、貴方がそうおっしゃるなら、それはそれでアリかと」

「アリでしょうか?」

「だって、それで優子さんも喜んでいるんでしょう? 利害の一致って奴じゃないですか」

「それで、それがだんだん嵩じて、『今度本格的にやってみない♡』って言われちゃいまして」

「いよいよですね」

「待ってましたかの様に言わないで下さいよ。他人事みたいに」


 そう、まさに他人事である。しかし過去の俺を救う方法はこれしか無いのだ。


 ついに来たるべき時は来た。優子さんと過去の俺の姿は怪しげなネオン街の怪しげなホテルの中に消え、その後は俺の想像を遥かに絶する世界が繰り広げられていたに違いない。知~らないっと。後はあれよあれよと言う間に事態は急展開した。過去の俺の素行を怪しんだ亜希子が探偵を雇い、そこから浮気が発覚。亜希子が一時ヒステリーを起こすも、優子さんが提示した莫大な示談金に唖然とし、借金の一括返済と今後の生活費、子供の学費諸々の心配が無くなると知るや否や、コロっと手の平を返した様に協議離婚の書類にハンコを押して、円満解決してしまったのだ。なんと言う呆気ない結末だろう。俺があんなに憂いていた未来もああなのだろうか? 否、そうでは無いと願いたい。本当の俺がM気質で無い様に。


 教会のウェディングベルが鳴る。真っ白なドレスを身にまとった優子さんと、タキシードで着飾った過去の俺がバージンロードをゆっくりと歩んでいる。まあ、これはこれで良かったのだろう。


「お幸せに」


 俺はそうつぶやくと、ひっそりと教会を出て、物陰でバッジにRの文字を刻んだ。


「カチャ」


 秘書が俺のテーブルの上にコーヒーカップを置いた。俺の中では結構時間が経ってしまったが、ここは時間軸が巻き戻されて再びIT企業の社長室。俺はアルパーニのスーツで社長椅子にふんぞり返っている。相変わらずやる事が無いので、新聞や雑誌などを見て過ごしていたら、携帯のメールがポーンと鳴った。優子からだ。


「明日もいつもの場所で待ってるわ♡」


 はて、何の事だろう? トレーニングの事だろうか。返事をする必要も無さそうだし、そろそろ帰社時間なので家に帰ろう。専用の送迎車で帰宅すると、いつもは残業で遅い筈の亜希子が何故か早く家に居た。


「おう、今日は早かったんだな」


 亜希子は無言のまま俺を睨みつけている。


「ん? どうした?」


 亜希子が顔を紅潮させてプルプルと震えながら一枚のプリント写真を取りかざす。


「ア~ナ~タ~! よくもあのオンナと浮気してくれたわねっ!」


 そのプリント紙を見ると、俺と優子が怪しげなホテル街をうろつく写真が写っていた。亜希子のもう片方の手には、なんと包丁が握られているではないか!


「待て! 落ち着け、亜希子っ! それは何かの間違いだっ!」

「この期に及んで何をどう言い訳しようって言うのっ!? もう、アンタを殺してワタシも死んでやるうぅぅ~~!」


 亜希子は包丁を持って、一心不乱で突撃して来る。南無三、ここまでかっ!? 思わず胸に手を当ててバッジを触ると、亜希子の動きがフリーズし、目の前にミィが現れた。


「どうやら緊急事態みたいね。教えてなかったけど、バッジに触りながら念じると、未来の私にメッセージが伝わるわ。だけどこう言う場合に限ってだけにしてね」

「ミィ!? これは一体どうなってる?」

「それを聞きたいのはこっちの方よ。ヒロ、貴方、帰って来る前に何かしなかったでしょうね?」

「え~っと、そう言われてみれば……」


 俺はミィに、過去の俺にやった事を説明する。


「やっぱりね。全く余計な事してくれちゃって。あっちの次元でのヒロはあの後買ってた予定の宝くじが当たって借金返済出来てた筈だったのに、時空系がねじれてややこしくなったのよ。まあ、警告しなかった私も少しは悪かったけど」

「そんな選択肢チートがあったなんて、ズル過ぎないか?」

「あれはあくまで別次元での話。でもこっちはもう元に戻す方法は無いし、現在からなんとかする事ね」

「え、この状態から?」


 俺の目の前では、般若はんにゃの様な形相をした亜希子が包丁を構えて彫像のごとく立っている。


「とりあえずちょっと時間をずらすわ。その間にヒロはここから逃げ出して。それからどうするか考えなさい」

「どうするかって言われても、考え付きそうもねーよ!」


 ミィは呆れ顔して、


「もう、自分が起こした不始末なんだから、自分で始末しなさいよっ!」

「そこをなんとか、お願いします。我が女神のミィ様ぁ~」


 俺はミィに土下座してすがり付くが、俺の手はミィの身体をスゥっとすり抜ける。


「しょうが無いわねぇ。これで勘弁してやるかぁ」


 そう言うと、ミィはいきなり俺の肝臓あたりを踏んづけた。


「ぐあ」


 理不尽だ。まるで一方的じゃないか。俺にそのMは無いっつーの!

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