第13話 究極の選択をしてしまった!
さて次の日。
朝早く目が覚めて寝不足気味な俺だったが、迂闊に顔を出すと
亜希子や澄子、甲子雄が出払った所を見計らって、俺はリビングに出て行く。過去の俺はソファーで新聞を読んでいた。俺は声をかける。
「おはようございます」
「あ、昨日はどうも」
「なんかすっかりお世話になっちゃって」
「いえいえこちらこそ。送っていただいたみたいですみませんでした。朝食あるみたいなんで、良かったらどうぞ」
「ああ、では頂きます」
亜希子は派遣で朝早いと言うのに、必ず俺の好みのフレンチトーストを焼いて置いてくれる。プチトマトが乗ったフレッシュサラダも付いている。美味い。生憎コーヒーはインスタントだが。腹が満ちた所で、俺は話を切り出す。
「ところでヒロさん、これから俺の言う話、信じられないかも知れないんですけど……」
俺は思い切って、洗いざらいぶちまけた。自分が未来から来た話。過去の自分がこれからどうなるかと言う話。借金をどうすれば返済出来るかと言う話を。過去の俺は、ぽかーんと言う顔をして聞いていた。
「その話を、俺に信じろと?」
「まあ、そう言うしか無いですね」
「確かに所々は合っていますが、納得の行かない所も多々あります」
「それはそうでしょう」
「借金なら、コツコツとだって返せますよ」
「現実的に?」
「……」
「この家や、今の生活、お子さん達の将来を手放してでも?」
「そ、それは……」
「とりあえず、実在の木村優子さんに会ってみませんか? 話はそれからです」
過去の俺は『はぁ~っ』と深い溜め息を付くと、俺の目をじっと見つめてこう言った。
「分かりました。貴方を信じましょう」
この次元では、ミィはまだ優子にコンタクトは取っていない筈である。だが、俺の携帯には優子の連絡先が入っていた。俺の携帯は何故か通じなかったが、直接連絡するのも不自然なので、過去の俺の携帯から優子の会社に連絡して取り次いでもらうと、優子は意外にも不審がる事無く嬉しそうな声で久しぶりに会う約束をしてくれた。過去の俺と。ここからは俺の出る幕では無い。傍観者として事の成り行きを見守るばかりなのだ。俺は再び変装し、二人の会食の様子を遠くから伺っていた。
―――― 以下、過去の俺視点 ――――
俺は久しぶりに会った優子がますます美人になっていて最初はオドオドしていたが、それに反して優子は昔話にケラケラと笑いながら楽しそうだった。優子の身なりは上品で、季節がらシルクのカーディガンを羽織っていたが、その下のニットのワンピースは身体にフィットしていて見事なボディラインがくっきり見えている。大胆に開いた胸元にはきらめくダイヤのペンダント。左の指にもダイヤの指輪をしているが、薬指ではないので結婚はしていない様だ。化粧も濃く無く薄くも無く、大人の女性を演出していて、とても同年代とは思えない若さに見える。俺はふと、そんな優子の顔をじっと見てしまう。
「どうしたの? そんなに見つめて。私の顔に何か付いてる?」
「いや、随分と綺麗になったなって」
小学生時代の甘い思い出が甦る。俺は感極まって、この歯の浮く様なセリフを切り出していた。正直言って、自分が妻子持ちだなんて事を忘れてたんだ。
「まあ、嬉しい事言ってくれちゃって! ヒロくんだって素敵になったわよ♡」
「そうでもねえよ。ただのしがない中年無職オヤジさ」
「その事なんだけど、ヒロくん。私の所で働いてみる気はない?」
「え?」
「久しぶりに会ったら、なんだか私、ヒロくんの事気に入っちゃって、一緒に働いてくれないかな~なんて思ったんだ」
「いいのか? 何の取り柄も無い男だぜ?」
「運転免許証くらい持ってるんでしょ?」
「車の運転なら自信はある。工場の製品の配達で、毎日トラック乗り回してたからな」
「じゃあ決まりね。明日からお願いしても良いかしら?」
「はい、有り難くお受けさせて頂きます」
―――― 以下、現在の俺視点 ――――
会食が終わって優子と別れた過去の俺と合流し、結果を聞き出す。
「どうでしたか?」
「とても楽しかったですね。それと、今無職だって言ったら仕事を紹介してくれました」
「ほう、どんな?」
「優子さん専属の運転手だそうです。しかも破格の報酬で」
あれ、なんか俺の時と扱いが違うな。でも前進した事に間違いは無かろう。もうこの時点で、過去の俺が【フィジカル・ハイダーズ】になる選択肢は無くなったって訳だ。
「良かったじゃないですか。優子さんに気に入られて、仕事も見つかって」
「ホントに良いんですかね?」
「これもご家族の為ですよ」
「はぁ~」
過去の俺は、再び大きな溜め息をついた。分かるよ、その気持ち。だって俺だもん。だがこの選択が、後々大きな禍根を残す事になるとは夢にも思わない俺だった。
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