第12話 なんか帰りにくくなってしまった!
「ヒロさんが二人??」
ちーちゃんが俺と過去の俺との間で目線を泳がせながらパニくっている。ヤバい。俺が過去にいると言う事は、当然こう言う事もありうる訳で、ってミィは何故警告してくれなかったんだーっ!俺はとっさにバッジを取り出してRの字を刻もうかとも思ったが、この場からこつ然と姿を消してもそれはそれで問題だろう。第一、無銭飲食になるし。ここは酔った勢いで誤摩化すしかない。
「いやぁ~、他人のそら似とは良く言った物ですな~。それにしてもソックリだ」
「でも貴方はお馴染みさんのヒロさんじゃ?」
「何をおっしゃる? 俺は
「なあんだ、そうだったんですか。こっちこそビックリしちゃった。お馴染みさんのヒロさん、こちらへご相席お願いしま~す!」
かくして俺は、過去の俺と膝を突き合わせて呑む羽目になってしまった。
「まあまあここはひとつ、同じニックネームのよしみで乾杯と行きましょうや」
「そうですね、では」
ホッピーのグラス同士でカチンと音を鳴らす。頼んだつまみの好みも同じカシラとタン。
「お互い、気が合いますなあ」
「そうですなあ」
当たり前である。俺なんだから。だが、過去の俺は思わぬ愚痴をこぼしはじめた。
「実は親父とやってた工場が潰れちまって……」
え、これって? あの時の前の話? おいおいミィ、聞いてねーぞ。
この俺、放っておいていいのか? 良いんだよな? ちゃんとお前が助けてくれるんだよな? 俺の腕時計や携帯電話で確認すると、確かに俺がホテルから身投げした日よりちょっと前の日付になっていた。そう言やミィが分岐点がどうとかで別の次元が開けるとか言ってたっけ。もしかして俺が過去の俺と出会った時点で、別の次元にさまよい入ってしまったのか? だとしたらこのまま放って行く訳にもなるまい。そんな事を考えながら、過去の俺と呑んでいるうちに二人ともぐでんぐでんに酔っぱらってしまい、タクシーで我が家まで俺を送って行った。
「ピンポ~ン」
インターホンのチャイムを鳴らす。当然、我が家の鍵は持っているが、過去の家は他人の家である。カメラから見えない角度で、
「お~い、帰ったぞ~」
と亜希子を呼ぶ。俺は伊達眼鏡とオールバックでかろうじて別人を装っている。亜希子がドアを開けると、
「あ、こんばんは。ご主人と一緒に呑んでいたんですが、ご覧の通りかなり酔っぱらわれていたので送って来ました」
「それはわざわざすみませんでした。まあ、とにかくお上がりくださいな」
「いえいえ、ここまでで結構ですから」
そう言う俺も足元がふら付いてコケそうになる。
「ほらほら危ない。良いから一休みして行って下さい」
亜希子は過去の俺をベッドルームへ連れて行くと、俺をリビングに案内してコップ一杯の水を差し出した。それを飲んで落ち着いた俺は、口からでまかせの自己紹介をする。
「初めまして。ニシヒロフミと申します」
「井原宏の家内の亜希子です。はて、以前にどこかでお会いした様な?」
「ははは、さっきも居酒屋で言われました。ご主人にそっくりだって」
亜希子は目を丸くして頷く。
「そうだ、そうだ! ソックリさん! こんな事ってあるんですね~!」
「まあ、世の中には瓜二つの人間が三人は居ると言いますからね。あれ、五人だったっけ」
「そうですね。それでニシさん、失礼ですがご職業は?」
「一応、IT企業の社長をやっています。名前だけみたいな物ですが」
「あら素敵。ウチの主人なんか工場が潰れてしまって、私が外資系の派遣で養っている様な物なんですよ」
ぬぬぬ、亜希子め。俺が聞いていないと思ってこんな愚痴を漏らすとは。
「それは先程ご主人からも伺いました。この不況の折大変でしょうね。何かこの私にでもお役に立てる事があれば良いのですが」
「そんなそんな。赤の他人様にそこまでご親切にされても困ります。でもご厚意だけでも嬉しいですわ」
「そうですか。ですがご主人、ひどくお悩みのご様子でしたから。奥様もお力になってあげて下さい」
「ありがとうございます。さて、もう遅い事ですし、客間に布団を用意しますから今日は泊まって行って下さい」
う、どうしよう。元の次元に帰ろうと思えば帰れるが、過去の俺の動向も気になる。ここは一つ留まる事にしよう。
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
「その前に、シャワー、お浴びになられます? お着替えも用意しておきますね」
「は、はい」
自分の家に居ると言うのに、なんだか他人行儀な亜希子の態度が落ち着かない。それに亜希子が普段の俺には見せない人妻の色香をプンプンさせているのも気に入らん。そう言えば最後に営んだのはいつだっけ? 客間でドキドキしながらなかなか寝付けない俺だった。
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