第7話 キャバ嬢を╳╳してしまった!
ここは愛しのマイホーム。
俺はリビングのソファーにデンと座り、ジョッキでビールを飲みながら大型プラズマテレビで息子の甲子雄とメジャーリーグを観戦している。愛妻の亜希子はカウンターキッチンで俺の好物の出汁巻き卵を焼いてくれている。娘の澄子はソファーで膝に子猫のミィを乗せて毛皮をナデナデしている。親父やお袋もバブルの時に建てた隣の一軒家から遊びに来ていて、お袋は親父に熱燗の晩酌などやっている。
あの日、桜橋から身投げしたJK、小林梨花をタイムスリップによって救った俺は、晴れて【フィジカル・ハイダーズ】第1号となり、ミッションを成功させた報酬金を手にして借金をコツコツ返しながら、この平穏な生活を取り戻した……筈だった。
すると突然、我が家の時間が凍り付いた様に止まる。
プラズマテレビの画面はフリーズし、甲子雄や澄子、亜希子はマネキン人形のごとくポーズを固めて動かない。
なんだ、どうした? 何が起こっている??
「お楽しみの所、誠に申し訳ないんだけど」
未来から来た美少女エージェント、コードネーム・ミハルこと愛称ミィがCGのフェードインの様に姿を現した。そう、コイツは俺の脳内イメージなのだ。それと同時に俺の肉体の時間軸もコントロールしている。
「次の依頼が入ってるのよね。来て」
やれやれ、依頼とあっては断れない。何しろこの仕事は成功報酬制度、言ってみれば賞金稼ぎの様な者なのだから。ちなみに俺の報酬金の出所についてだが、ハイダーズはこの時代ににきちんと探偵会社として法人登録されており、俺はそこの契約社員として時々働いている事になっている。もちろん、他の社員はミィと同じく未来から来たユーレイ社員だが。
「よし、行こう」
外出用のジーンズとボマージャケットに着替え、【フィジカル・ハイダーズ】の金色バッジを首から下げると、ミィは俺の手を取って自分のバッジに手を触れた。すると、どう言う仕掛けになっているのかは知らないが、俺の身体は素粒子と化し、別の場所へと移動した。
俺はゆっくり目を開ける。
そこにはライトアップされたレインボーブリッジの灯がチカチカと輝いていた。
あれ? なんだかここ、見覚えがあるぞ? そうだ、ここはあのお台場のホテルの屋上じゃないか。
「おいミィ、ここは?」
その時、非常階段からカツンカツンと人が昇って来る足音が聞こえた。
「ヒロ、隠れて!」
俺はミィと一緒に慌てて屋上のポンプ室の物陰に身を潜める。屋上に現れたのは、白いバスローブを着た若い女性だった。ミィが心の中で俺に話しかける。
「ここはヒロが飛び降りたすぐ後の時空間。あのバスローブを着た若い女性。あの人がヒロの次のミッションよ」
「どう言う事だ?」
「あの人はね、ここから先に飛び降りてた筈のヒロを見て、自殺を思いとどまる所だった。でも、ヒロがやめちゃったから、このままだと今度はあのコが飛び降りる事になる」
「じゃ、あのコが死ぬのはオレのせいだとでも?」
「直接じゃないけど、そう言う時空系列になっちゃったのよねぇ」
そんな馬鹿な。同じ場所で同じ時間で次から次へと?
「しかし、また自殺かよ? どうしてそう物騒なミッションばかり請け負ってくるんだ?」
「ウチのエージェント達にはこの手の依頼が多いから仕方が無いでしょ。何しろこの時代の日本では1年間で約3万人もの自殺者が出てる自殺大国、逆算するとほぼ18分に一人が自殺してる計算になるから大忙しなの」
「そうだったな。俺も他人の事は言えない義理か」
「彼女のお名前は、
「お前は協力してくれないのか?」
「今回はヒロ一人の方が良いんじゃない? 私はここからアシストするわ。今度こそ抜かり無くやってよね」
「はいはい、了解致しました」
俺はポンプ室の陰からそっと聖奈の様子を伺う。まだためらっている様だ。どうやってアプローチしよう? キャバ嬢だから男性恐怖症って事は無いだろう。この際だから思い切って声をかけてみる。
「あれ、聖奈ちゃん、やっぱり聖奈ちゃんじゃないか?」
「誰?」
「ヒロシだよ! いやあ、お店辞めたって聞いたから、心配して来たんだよ」
「嘘! お客に本名教えた事なんかない!」
しまった。源氏名っぽい名前だと思っていたら本名だったのか。
俺がミィに助けられたパターンをそのままやってみたのだが、どうも上手くいかないみたいだ。
「それにお客の顔は嫌って言う程覚えてるけど、アンタになんか会った事も無い! 誰かに雇われた探偵かなんか? とにかく私に構わないで!」
聖奈は柵を乗り越えようと、じりじりと縁に近寄っているではないか。ヤバい!
「聖奈ちゃん? 君の事情は察するけど、生きてればまた良い事も必ずきっと起こるよ」
「気安く名前で呼ばないで! オトコの言う事なんてもう信じられない。結局あの人だって私より家庭を選んだわ。離婚してくれるってまで言ってくれてたのに、私のカラダだけが目当てだったのよっ!」
ようやくミィのアシストが入った様だ。聖奈は不倫して相手に裏切られたのが身投げの動機である事を自ら白状した。
これって一番面倒なパターンなんだよな~。男性不信になってるから俺じゃフォロー出来っこ無いし、ミィに助太刀の登場を頼もうにも間合いが掴めない。だが、今はそんな事より目の前の問題だ。聖奈は柵を大股で乗り越え、飛び降りようとする。もうミィのマインドコントロールも効かない状態だ。
「待て! 早まるんじゃない!」
俺はダッシュで聖奈に駆け寄り、それを力づくで止める。当然抱きついて身体を触る形になってしまう。意図した事では無いが、俺の手の平が聖奈のイケナイ所を掴んでしまった。あ、柔らかい、ノーブラだった。って、そんな事考えている場合じゃねぇ!
「ヘンな所触らないでよっ! アンタも同類ね! このスケベオヤジっ!」
「し、失礼! いや、そんなつもりじゃ無かったんだ!」
聖奈は無理矢理俺の手を引きはがし、お互いに腕を掴んでモミクチャの格闘戦になる。おい聖奈! 君は分かっているのか? ここは高層ホテルの屋上の柵スレスレの淵だぞ!?
「いいから落ち着け! 暴れるな! 止めろっつーの!」
「イヤっ! ダメっ! ダメダメっ! お願い、イカせてっ!」
あれ、これなんか違う方向に会話がイッてる気が……。俺がついあらぬ妄想に油断していると、いつの間にかホテルの柵の外に居た聖奈と俺の立ち位置は逆転し、俺は屋上の淵に立たされていた! そこを一心不乱で状況を把握していない聖奈から突き放されて、俺は足をすべらせる!
「うぉ、うわぁぁぁっ!」
聖奈を屋上に残して身代わりなった俺は、真っ逆さまに地上へと転落した!!
「今度こそ死にたくねぇ~~~~~っ!」
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