第5話 No.1のヒーロー誕生!?

「りかぁ~っ! りかぁ~っ! りかぁ~っ!」 


 朝陽の当たるスカイツリーのふもとのビル街に、虚しく俺の叫びがこだまする。


 俺は懸命に小林梨花こばやしりかの蘇生措置を続けるが、梨花の息は戻らない。


「ミハル! 救急車を呼んでくれ!

 誰か! 誰でもいい!

 頼むから俺達を助けてくれぇっ!!」


 そんな俺達を、ミハルは冷ややかな目で見下ろしている。


「そうやって、いつも他人の手を頼っちゃう。まずはそこから直して行かないとね」

「この一大事時によくもそんな冷たい事が言えるな!? お前は人の命を何だと思っているんだ!?」

「井原さん、これから起きること、よく見てて」


 ミハルはいきなり俺に近づくと、スッと俺の身体を通り抜けてしまった。


「うわぅおっ! お前は、ゆ、ユーレイ?」

「未来の私達の技術では、数ヶ月程度の時間軸なら肉体のタイムスリップだって制御出来るけど、離れた過去に送れるのは生体の意識だけ。貴方が見て来た優子さんや私の姿は、ただの精神感覚のイメージでしかなかったの。私はあくまで生きている生物に宿る幻影。そしてそれだけでは人助けのミッションを成功出来ないって事を思い知らされて来た」


 ミハルは河原に咲く花を触るが、その手はすり抜けて花は揺れもしない。


「だけど貴方は違う。私達のエージェントにはね、現代に存在する、現実の肉体を持つ貴方の助けが必要なの!」


 ミハルの切実な訴えに、俺は思わずうろたえてしまう。


「俺の助けだと? 俺はたった一人の少女を救うどころか、自分自身さえ殺そうとしたダメ人間だ。こんな俺に何が出来る!?」

「大事なのは何が出来るかじゃない、何をしようとするかよ!」


 ミハルの大きくつぶらな瞳はさらにウルウルしている。

 正直に言おう。俺はこの手の攻撃にヨワイ。


「君は言ってたな、あのホテルの屋上から俺を救うのも、この梨花を助けるのが条件だって。そのタイムスリップとやらで本当に出来る事なのか?」

「本当よ、約束する」


 それは愛する亜希子が未来から俺に付けた条件だ。

 俺はその場で決断した。


「分かった。もう一度やってやろうじゃないか!」

「ありがとう!」


 そう言うと、ミハルは耳元のヘッドセットに話しかけた。


「候補者番号0823、井原宏よる音声契約記録を送信。

 声紋確認、及びエージェント登録を申請します」


 すると、俺の首元に金色に輝くバッジとIDカードがどこからともなく出現し、そのバッジを手に取って驚いた。


 バッジが不思議な光を放つと、さっきまでずぶ濡れだった俺の身体はウソの様に乾き、橋の上に投げ捨てた筈のジーンズやボマージャケットをいつの間にか身にまとっていた。


 どうやらこれはただの飾りでは無いらしい。それにこの番号……。


「PH0001? って事は?」

「私達はこれまでに、822人ものエージェント候補者をスカウトして来た。でも井原さん。自分の身を投げ打ってまで、他人の命を救おうとしたのは、貴方が初めて。貴方は、この時代の実存体としての【フィジカル・ハイダーズ】第1号よ」


 こんな美少女に持ち上げられると照れる。いや、舞い上がる。


「ナンバーワンか、悪くねぇな。俺の事をヒロ、いや、ヒーローって呼んでも良いぜ、ミハル」

「はぁ? まあいいや。了解、ヒロ。私はミィって呼ばれてる」

「ミィだと? ウチの子猫と同じ名前じゃねぇか?」

「あら奇遇ね。さあ、小林さんが亡くなる前の時空にタイムスリップするわよ。準備は良い?」

「了解! 子猫ちゃん!!」


 調子こいて引き受けてしまったが、このあと俺はミィの本性を嫌と言う程思い知らされる事となるのだった……。



 小林梨花が桜橋から身を投げる数日前にタイムスリップした俺とミィは、まず梨花の尾行から始める事にした。


 最初に分かったのは、梨花が通っている高校が俺の娘の澄子と同じ都立のD高校だと言う事だ。道理で制服を見た事があると思った訳だ。


 澄子と鉢合わせしない様に気を付けながら梨花の後を尾けてたが、梨花は一向に帰宅する気配がない。公園でブラブラしたり、ネットカフェで寝泊まりし、着替えも常に持ち歩いていてコインランドリーで洗濯している。


 これではまるで家出少女みたいだ。


 さすがに俺はネカフェでは落ち着いて眠れないので、近くのビジネスホテルに部屋を取る事にした。


「俺はここに泊まるがお前はどうするんだ、ミィ?」

「私もそうする」

「お前は一旦未来に帰っても良くないか?」

「ミッション遂行中は帰れないのよ」

「じゃあ、別々の部屋を取ろう」

「ツインルームでいいよ。お金がもったいないでしょ? 節約しろって言われてるし。はい、コレ」


 ミィはバッジを操作すると、バッジが輝いて某社のプラチナクレジットカードが出て来た。


「これ、利用金額限度無しの奴じゃねぇかよ。こんなの使って良いのか?」

「ミッション遂行目的の必要経費だけね。ちゃんと明細は監視されてるから無駄遣いしたら駄目よ。それと暗証番号は自分のバッジナンバー」

「ハイハイ」


 部屋に入ると、俺はある肝心な事を思い出した。


「そうだ、ミィ。このミッションが成功したら、俺も死ななくて済むんだが、どのみち保険金は出ないから借金を返すアテも無い。この仕事をしたら報酬はもらえるのか?」

「しっかりと出るからご心配なく。ただし成功報酬制だけどね。あ、これがエージェントの正式契約書だからちゃんと読んでサインしておいてね」


 ミィはどこからともなく、また電話帳みたいな契約書を取り出した。


「え~、またかよ! これに隅から隅まで目を通さなきゃいけないなんて、考えただけで死にたくなっちまうぜ」

「どうぞどうぞご遠慮無く。そしたら私の報酬がまた増えるから」

「まったく、保険会社よりタチの悪いムスメだな!」

「ジョウダンだってば! フハハハッ」


 俺が小難しい文章が並んだ契約書を読んでいると、ミィはベッドにバタンと横になって、


「じゃあ、私はそろそろ寝るけど、絶対にこっち見ないでよ」

「え。なんでだよ?」

「だって、何にも着ないで寝るのが私の習慣だから」

「そ、それはイカン! やっぱり別の部屋を取る!」

「もう今更いいってば。それにヒロから私に何か出来る訳じゃ無いし。逆に私からヒロにナニかしたりは出来ちゃうけど♡」


 くうぅぅぅ~、ミィの奴、オヤジ心を弄びやがって!


 俺は契約書にサッサとサインをすると、ホテルの部屋を真っ暗にしてベッドの布団に潜り込んだ。


 ドキドキドキ。


 ツインベッドの背後では、全裸の美少女が横たわっている。

 いやいや、相手は俺の娘程の年頃だぞ?

 子供だ、子供!

 そう自分に言い聞かせながら俺は睡りに付いた。


 夜中に起きてトイレに行く時にも、慣れない部屋で目を瞑りながらあっちにぶつかりこっちにぶつかり、まったく散々な思いをさせられたぜ。

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