第4話 JKと╳╳をしてしまった!

 まだ東雲しののめも暗い夜明け前の隅田川。うっすらと霧が漂う桜橋のたもとに俺とミハルは立っていた。


「ミハル、ここは?」

「亜希子さんとの契約事項、第255条78章1028項のダッシュB計画。それをこれから井原さんに実行してもらう」


 俺は自分の身なりを見ると、元のジーンズとボマージャケット姿に戻っていた。


「ここに立っている俺、これは現実なのか?」

「さっきも言ったでしょ。これは一つの時空的可能性だって。それよりあれを見て」


 浅草の桜橋と言えば、二つの歩行者専用の橋が交差状に重なりあっている桜の花見の名所。だが今はその名とは裏腹の紅葉の並木道の外灯に照らし出され、橋の真ん中にポツンと佇む制服を着た女子高生JKらしき人影がいる。


「ん? アイツ、何してんだ?」

「アイツじゃなくて、名前は小林梨花こばやしりかさん。何をしようとしてるかは見れば見当付くでしょう?」

「まさか。だよな?」

「そのまさか、よ。井原さんのケースと同じ様に、小林さんのご両親が今回の依頼人なの」


 俺とミハルが会話を交わしているうちに、小林梨花は橋の柵に手と足をかけようとする。


「お、おい! あれ!!」

「井原さん、何をグズグズしているの! 今すぐ彼女を助けなさい!! さもないと、さっきの井原さんのご遺族の情景が現実になるわよ!!」


 ミハルが早口でまくし立てる。


「分かったよ、やりゃいいんだろ!」


 俺は恐る恐る小林梨花に近づくと、声をかける。

 名前を知っているとは言え、呼ぶと怪しまれるのは必至だろう。


「あの~、おはこんばんは」

「……」


 う、いきなりスベった。

 案の定答えが無い。無いどころか完全にヒかれている。


「ちょっと道をお尋ねしたいんですが」


 梨花は俺を値踏みする様な目で睨みつけると、ようやく口を開いた。


「何なのオヤジ。ミエミエのナンパ。チョーキモイんですけど」


 俺は慌てて咄嗟に思いついた口実を作る。


「いや、そうじゃなくて、浅草の観音様はどっちかなって」

「はあ? こんな朝早くに開いてるワケないし。実はアタシの観音様が目当て?」


 梨花は短めのスカートを両手でキュッと押さえる。

 俺は思わず視線を反らす。


「ほーら、何キョドっちゃってんの? 図星だったじゃん」

「違う! それよりキミ、今ここで何しようとしてた?」

「そんなのアンタにカンケーないし。ほっとけよ」

「そうはいかずの後家さんだってば。見ちゃったからにはホトケの顔も何度までってね」

「何そのオヤジギャグ。イミ分かんない」

「イミ分かんないのはキミの方。こんな時間にこんな場所で。サオも持たずに魚釣り?」

「また出たよ。オレのサオ貸してやろう、とか?」


 一体どこからそんなネタ仕入れて来るんだ、近頃のムスメ達は!?

 俺は目的を忘れて思わずカッとなる。


「チョーシ乗るな、このマセガキ!」

「ウザ過ぎンだよ、エロオヤジ!」

「本当は何しようとしてたか白状しろ!」

「アンタと違って、アタシは本物の観音様に会いに行くんだ!」


 そう言うが早いか、梨花は柵を乗り越えると隅田川にザブーンと飛び込んでしまった。


 マジかーっ!!


 頭よりも早く身体が先に動く。

 気が付いたら俺は下着だけになって隅田川の中だった。


 冷たい川の水が身体中を痛い様に刺す。

 手探りで暗い水の中を必死でかき分けていると、何か柔らかい物が手に当たった。

 グイと手元にたどり寄せて、梨花の顔を水面に上げる。

 幸い俺は泳ぎが得意な方だ。


 いくらか水を飲んでしまったが、川のゆったりした流れに身を任せながらなんとか岸辺までたどり着き、梨花の身体を河原に引き上げた。


「ゲホッ、ゲホッ。おい、大丈夫か?」


 俺は寒さにガクガク震えながら梨花の安否を確認する。

 ん? このJK、息して無くね?

 ヤバい。どうするどうする?

 心臓マッサージ?

 人工呼吸、マウスツーマウス!?


 待て待て。相手は女子高生だぞ。

 一歩間違えば犯罪行為だ。慎重にもう一度確認。


 やっぱり息をしていない。

 てか脈もない!


 事態は一刻を争う!!

 なりふり構っていられるか!!

 昔、洋画で見た蘇生法を思い出す。


 梨花を横にして水を吐かせ、心臓を押さえてワンサウザンド、ツーサウザンド、ブリーズ!


 左胸の柔らかな膨らみが俺の両手を押し返す。

 って、ンな事考えてる場合じゃねぇ!


 小柄な梨花の肺活量も意識して少なめにマウスツーマウスの人工呼吸。

 もしかしたらお初を奪ってしまったかも知れない。許せよ。


 脈を測る。


 まだかっ!


 少々手荒だが心臓の辺りを拳でドンと叩く。


 再びワンサウザンド、ツーサウザンド、ブリーズ!


 再びマウスツーマウスの人工呼吸。


 反応は、無い。


 俺は必死の願いを込めて蘇生法を続ける。


 生きろ! 戦え!


 さっきまでの減らず口はどこへ行った?


 何があったか知らないが、お前の人生はこれからの筈じゃないか。


 小林梨花こばやしりかぁ~っ!

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