第2話 なぜか傍観している俺がいた!
俺の視界がゆっくり開けると、そこは初めて見る部屋だった。
無機質な冷たい灰色の壁には窓一つ付いておらず、薄暗い蛍光灯だけが灯っている。中央に白いビニールシートが被せられたベッドが一つだけポツンと置かれていた。
「あれ? 俺は確か……」
俺が直前の記憶を辿っていると、部屋のドアが開き、少々やさぐれた感じの無精髭の背広の男性が入って来た。その男性は俺の事も見ずに後ろの女性に向かって自己紹介をする。
「担当の石田警部補です。この度は誠に残念でした」
続いて入って来たのは我が愛妻、
目を伏せながら亜希子はつぶやく。
「主人に……、会わせて下さい」
ためらう様に警部補と名乗った男性が補足した。
「本当によろしいんですか? ご覧になられてもとてもご確認いただける状態では。ご主人様の歯科治療記録からでも死亡証明書はお出しできますが?」
なんだと?
俺の死亡証明書?
俺はここに生きてるじゃないか!?
「おい、亜希子! 俺ならここに居るぞ! お前には俺が見えないのか!?」
必死に叫んでも亜希子に俺の声は届かない。
「覚悟は出来ています」
警部補はそっとベッドの白いビニールシートを少しめくった。
そこには俺のボマージャケットの腕の裾と、はめていた限定1000個の腕時計、それに亜希子からプレゼントされた数珠を付けた腕の先が見えていた。
亜希子は『それ』を見るなり俺だと判断したのか、その場に大声で泣き崩れた。
俺は改めて今の自分の身なりを見ると、
なんてこった。
どうやら俺はあのホテルの屋上から落っこちて、本当に死んじまったらしい。
そして今はあの世にも行けず、死後の世界をさまよっていると言う訳か。
警部補は婦人警官を呼ぶと、亜希子が落ち着くのを待ってから聴取室まで連れて行った。
聴取室で亜希子はまだ半泣きになりながら警部補に聞く。
「主人は、主人は本当に自分で自分の身を投げたんですか?」
「現場の監視カメラの映像記録には、ご主人以外の人物は写っていませんでした。間違いありません」
「そんな……。昨晩までは、新しく始めたアルバイトは楽しいって、浅草の観音様まで一緒にお参りまでしたのに。何故!?」
「現場の屋上に置かれていた遺書には、保険金目的の様な事が書かれていました」
「保険金? まさかあの人は借金を返して私達の暮らしを楽にする為に!? アナタはなんて馬鹿なの? 私はお金の事なんかよりアナタに生きていて欲しかった……」
そうだった、そうだったよな、亜希子。
俺がどうかしていたのかも知れない。
一時の気の迷いだったんだ。
でも違うんだ。
本当は、本当は!
「本当は、何だって言いたいの?」
突然、甘いプワゾンの香りと共に俺の隣に優子が姿を現した。
「優子!! 何故だ!? お前の言っていた事と違うじゃないか!!
何故お前は監視カメラに写っていない!?」
「ヒロくんは、自分の意思で自分の決意を実行した。ただそれだけの事」
「それは違う! 俺はお前につき落とされたんだ!!」
俺は全力で否定する。
だが優子も負けてはいない。
「違うのはヒロくんでしょっ! あなたはあの場で本気で飛び降りる気でいた。お酒に精神安定剤まで飲んで自分をごまかしてね。あの場に私が居合わせなかったとしても、そこにどんな違いがあったと言うの?」
論点をすり替えられた気はするけれど、本質は合っているので俺もぐうの音が出ない。
だが、ここでさらに優子の口から出て来たのは意外な言葉の連続だった。
「ヒロくん、あなたは小学生の頃から何も変わっちゃいないのね。
何でも他人のせいにしちゃう悪いクセ。
ねえヒロくん、覚えてる?
キミが私の靴箱に入れてくれたラブレター、ホントはとても嬉しかった。
だってあれが最初にもらったラブレターだったから。
でもね、私はあの時のヒロくんを心の底から好きになる事は出来なかったの。
お返事しなかった事、許してくれる?」
ううう。
今更そんなことを面と向かって言われても、チョー赤面するだけではないか!
(死んでるから顔には出て無いハズだけど)
墓穴があったら入りたい、今の俺はまさにそんな気分だった。
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