第14話

「栞、俺、明日から大阪に出張になったんだ。だから、栞、一旦家に帰っとけ」


「いいよ。ここで待ってる」


そう言いながらも、涼介の帰国が近づいてきていることに少し焦ってた


ここでの生活にもいつか、ピリオドを打たないといけない


わかっていた

理解してるはずなのに

…動けなかった


「いいから、帰れ、なっ」


「…わかった」



大阪へ発つ日

私も一緒に家を出た


「大樹、何日に帰ってくるの?」


「まだ、わかんないんだ。あっちから、連絡するから」


「うん…」


「淋しくて、また、泣いてんじゃないぞ」


「泣かないよー」


「ハハ、そう…だよな。……じゃあな」



玄関を出る時、

大樹に強く…強く抱きしめられた


「くっ、くるしいよ」


「わりぃ」


右手で私の髪をかけあげて

左手は腰に回し

唇を確かめるように丁寧にキスをする


「大樹、どうしたの?」


「ハハハ、出張行くだけなのに、俺の方が淋しいのかな…行こっか」


駅までの道のり

大樹が先を歩く

少し離れて後から私が歩く


反対側のホームに立つあなた

電車が二人の間に止まった


動き出した電車の中から手を振った大樹がやけに悲し気に見えたのは

気のせいではなかったんだね



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


大樹からは毎晩、電話があった


『今日、お好み焼き食べたよ。上手かったぁ』


『大阪弁、覚えたんだ。教えてやるよ』

可笑しな大阪弁聞かされて笑ったり。



昨夜は何も連絡がなかった


朝早くに玄関のチャイムが鳴った

大きな段ボール箱

差出人は沢木 大樹


慌てて、開けてみると、彼の部屋に置いてあった私の衣類が入ってあった


どういうこと?

帰ってきたの?


中に1通の手紙が入ってる

恐る恐る、開いてみた




ごめんな


俺は少し前に記憶が戻ってた


すぐに栞に言わないと…って思ったんだけど

言えなかった

栞を離したくなかったから。


記憶が戻っても、栞に対する気持ちは昔と変わらなかった


でもな、

やっぱり、時は流れてるんだ


俺達はあの時、別れたんだ

それを白紙にしようなんてことは出来ない


ただ、

俺が過去に戻った1ヶ月という時間は

大切な時間だった


たぶん、神様が俺達にもう一度自分の心と向き合ってこいって試練を与えたのかもしれないな


俺は栞にちゃんと伝えなきゃいけない言葉をやっと伝えられた


ありがとう


ごめんな



愛してる



たった、3つの言葉なのに

あの頃、伝えられなかった


栞、泣くなよ

今を生きろ

後ろを振り向かず、前を向いて歩け






大樹は大阪に転勤になったそうで、マンションも引き払ったと…直人さんから聞いた



いつも、突然なんだから。

手紙書くなんて、柄じゃないよ


自分の思いを口にしないのはそれだけ深く思ってるから…。

簡単に口に出来ないほどに。


大樹はそういう人なんだよね


今になって、わかった


あなたの心の奥の宝箱の鍵をもらって

そっと、開けてみたようだった





手紙の書かれていた言葉


『愛してる』

"愛してた"ではなく…


涙が後から後から溢れて止まらない

声を上げて泣いた


大樹…泣くなって言われても無理だよ



あなたとの生活

いつか、終わってしまうんだと思うと

朝が来るのが怖かった


私達は夢や幻を見てたんじゃない

たった1ヶ月だったけど、現実を生きてた


人は過ちを犯した、不貞なことをしたと言うかもしれない



でも、

誰しも過去に残した忘れ物を取りに行きたいと思うことがあると思う


きっと…

あると

思う








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