第8話

「うっま、栞、腕あげたなぁ」


「まぁね、毎日やってるから。あっ、ごめん」


「いいよ、こっちこそごめんなぁ。こんなとこに来てもらって。今日で…最後にするから」


「うううん、大丈夫」


大樹といる時は”今”のことは話さないようにしよう


あなたの悲しむ顔を見たくない

あなたを笑顔にしたい


今も昔も願いは同じだった



「栞、手伝おうか?」


洗い物をしてると後ろから大樹が顔を覗き込んだ

顔が近付いて、思わず横に避けてしまった


「栞…」


強引に抱きしめられた


「大樹、離して」


「無理」


腕を緩めてくれたと思ったら頬を撫で唇が触れた。

一瞬、離れた唇が再び触れた時には舌を絡めとられ、息も出来ないくらいの深いキスになっていく


「んんっ」


胸を押しても叩いても離してくれない

徐々に首筋に滑る吐息、手は腰におりてくる


「やっ、やめて」


「やめない」


「やめて、お願い!」


大きくなった私の声に彼はピタリと動きを止めた


「っんでだよ、栞。俺はこんなにもお前のこと、好きなんだ。

なぁ?俺たち何で?

どうして、別れたんだ?」


声を荒げる彼の足元にしゃがみこんだ



大樹、あなたはそうやって、素直に自分の気持ちを言ってくれたことなかったんだよ


記憶は昔に戻ったけど、心は成長した現在の大樹なんだね


私に思ったことちゃんと言ってくれる

あの頃は…そうじゃなかったのよ


ほんとはそう言いたかったけど、こんなにも弱々しいあなたにそんな言葉をぶつけることはずるい



「ごめんね。ごめんね…」

ただ、謝ることしか出来なかった



「もう、帰ってくれ…1人にしてくれ」


「わかった。私、帰るね」



玄関のドアを開けたけど

帰れなかった


もう一度、閉めて靴を履いたまま、その場に座った


私が帰ったかと思ったのか

奥の部屋から大樹の嗚咽が聞こえてくる


ここに私がいることがわかったら、大樹が泣けない


手で顔を覆い、声を殺して泣いた



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