第5話

店を出て、駅まで肩を並べて歩いた

大樹は次第に口数が少なくなっていった


「栞…今度こそ、これで…。元気でな」


「うん、大樹もね」


もう、2度と会うこともない

そう思ってた



大樹との再会後

1週間が過ぎた頃

美夏から電話があった



「栞…あのね、あの…大樹くん、事故に遭ったの」


大樹が…事故?

息をのんだ


「美夏、それで?大樹は大丈夫なの?」


「うん、幸い、ケガは大したことなくて…でも…」


「どうしたの?」


「栞…明日、大樹くんの病院へ一緒に行ってくれない?直人さんも行くから」


「うん、わかった。でも、私が?」


「行けばわかるよ。栞じゃないとダメなの」



その時

美夏が言ってることがわからなかった



これから、私にとって、人生で大きな意味を持つ夏が始まろうとしていた





次の日、

美夏と直人さんと3人で病院へお見舞いに出かけた


病室に入るとスヤスヤと眠る大樹の姿

私達がそーっと入っていくと静かに目を開いた


私の顔をジッ見ると突然、話し出した


「栞、遅いよー。お前、何処行ってたんだよ、冷たいよなぁ」


「え…?」


何が起こったら全く理解出来なかった



「栞ちゃん、ちょっと、いい?」


直人さんに呼ばれ、大樹の状況を聞かされた


主治医の先生によると、大樹は頭を打ったことから、過去の強い記憶だけを残し、現在の記憶はすべて、消えてしまっているらしい



「なぁ、栞ちゃん、まだ、大樹に今のこと話してないんだ。おかしいってすぐに、気づくとは思うんだけど…。

とりあえず、今日は昔のままで話してくれないか?」


「直人さん、栞は旦那さんいるんだよ」


「わかってる。俺からちゃんと話すから、今日だけは…」


私は困惑していた

でも、結局、直人さんの頼みに頷いていた




「大樹、遅くなって、ごめんねぇ。実家に帰ってて、慌てて戻ってきたの。大丈夫?」



「大丈夫だよ。俺がそんな簡単にくたばるわけないだろ、すぐ退院だよ」



「えらそうに。…でも、大したことなくて良かった」




大樹は私の手を引っ張って優しく抱きしめた

首もとに顔を埋めず、大きく息を吸う




「会いたかった」




懐かしいあなたの香りに包まれて

込み上げてくる涙をぐっとこらえた


私は震える手を大樹の背中に回した



「ごめんね、遅くなって…」


そう言うことが精一杯だった



一生懸命、昔の自分を演じながら、胸が苦しくなった


不謹慎にもあの頃に戻ったようで心がざわつくのがわかったから…。







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