陽子ちゃんと一緒に帰らないことにも、友美はしばらくすると馴れた。

もうあけぼの荘のことを思い出すこともない。

喃語を話すようになった弟が可愛く思えるようになり、一人じゃないという安心感が友美の中に生まれていた。友美があやすと弟はよく笑った。母は「さすがお姉ちゃんだね」と褒めてくれた。嬉しくて友美はなるべく早く帰り弟の相手をするようになる。父親とは一緒にお風呂には入らなくなった。その代わり次の日着る洋服を一緒に決めてくれるようになった。数ヶ月に一度は二人で洋服を買いに行き、百貨店のレストランでパフェを食べさせてくれるのでどんどん父親を好きになった。

三学期も終わりに近づいた頃に先生が、陽子ちゃんが春休みに転校すると告げた。

もう陽子ちゃんのことを悪く言う子はいなかった。陽子ちゃんには友美以外の友達が数人出来ていた。先生の報告を受けてクラスの何人かが「えーー!」と残念そうに嘆いた。

友美は陽子ちゃんに話しかけようと何度も思った。でも陽子ちゃんにまた叱られるのではないかと怖かったので出来なかった。陽子ちゃんも時々こっちを見ていて目が合うことがある。そんなとき友美はとっさに笑顔を作ることが出来ず、その都度小さく落ち込んだ。

修了式の日、みんなからの寄せ書きを陽子ちゃんに渡した。思い思いにみんなが言葉をかけるのを友美は遠くから見ていた。

友美は一人で下校し、陽子ちゃんとよく遊んだ川原に向かい、ランドセルを置いて腰かけた。

ランドセルの中から通知表を出し、中を確認しようとしていたら「友美ちゃん!」と遠くから声が聞こえた。振り返り目を凝らすと陽子ちゃんがこちらへ駆けてくるのが見えた。

通知表をランドセルに戻し、立ち上がりお尻についた土を払う。

陽子ちゃんのランドセルは横にぶら下げた色々なものがぶつかって賑やかな音を奏でた。最後だから持ち帰るものがたくさんあったのか、両手にいっぱいの紙袋を携えている。

「友美ちゃん、よかった、ここにおると思った」

陽子ちゃんが笑ったので、友美は自然に笑い返すことができた。

朝見たとき盛大に跳ねていた陽子ちゃんの前髪の寝癖は、勢いを無くしていた。

紙袋を地面に置き、ランドセルも土の上に躊躇なく置いて蓋をべろりと開け広げ、外側の一番小さなポケットから何かを取り出す。

「友美ちゃん、これ。あげる」

陽子ちゃんが手を差し出したので、友美も手を出す。

何かが置かれた感触がして友美は自分の手のひらを見る。

緑の茎が二本に枝分かれし、その先に丸々としたピンクの実が2つ。ラメでキラキラと光っている、さくらんぼのキーホルダー。

「うわぁ、かわいい。ありがとう」

顔を上げ、陽子ちゃんの目を見たとたん、一気に寂しさが押し寄せた。笑っている陽子ちゃんがみるみる滲んで見えなくなる。

友美は諦めていた。思っていることを言わない自分は、もう嫌われてしまったのだと。でも違った。陽子ちゃんはもしかしたらあれからずっと、待っていてくれたのかもしれない。また一緒に帰りたい。そう言えば良かった。それだけで良かったんだ。それこそが、自分の思っていることだったのに。もっと川原で遊んで、もっと色んな遊びを試したかった。陽子ちゃんに話したいことが、他にもたくさんたくさん、あったのに。

「友美ちゃん、あのな、わたしな」

「うん」

友美はまっすぐ陽子ちゃんの目を見て、照れながら話す陽子ちゃんの、次の言葉を待った。




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