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PTAのドンと呼ばれている松山さんがどの人か、視聴覚室に入った瞬間にわかった。座っている松山さんの周りを数人が立ったまま囲んで話している。
友美は自分の隣に座ったのが前学年の懇談の時少し話をしたことのある石田さんだったので、「居心地が悪いね」と話しかける。石田さんはホッとした表情で「もうほんと嫌なんだけど」と苦笑いする。
みんなが席につき、司会を勤める前副会長の長谷川さんがあいさつをし、引き継ぎのために来てくれている前役員数名を紹介する。松山さんは前年度の会長で、今年度も会計監査として残るらしい。松山さんは自己紹介で四人の子を育て通算12年PTA活動に携わっていると自慢げに話した。今度一番下の子が6年生に進級するので最後の年になると言う。
松山さんの長い自己紹介のあと長谷川さんが今日の会の流れを話す。
お昼ご飯のお弁当と飲み物が用意されていると説明があり、長谷川さんが指差した先を皆が一斉に振り向くと、外注のお弁当箱が後ろのテーブルに積まれていた。長丁場になると噂では聞いていた。毎年役員全てが決定するまで帰らせてもらえず、過去には泣き出してしまった人もいたらしい。友美は誰にも気付かれないようため息をつく。
会長は意外にもすぐ決まった。元小学校の先生で、現在は育休中だという四年生の保護者だった。しかし次に話し合った副会長が決まらない。仕方なく、出来ない理由を一人ずつ話すことになる。ロシアンルーレットのようだと友美は思う。皆が自身の仕事の忙しさを主張するなか、祖母の介護が大変でと言った人に対して「診断書か何かあります? 介護認定のコピーでもいい」と松山さんはぶっきらぼうに言う。返答に困りおろおろしているその人に、さらに「申し訳ないけど嘘つく人もいるんだよね、いや、別にあなたが嘘ついてるって言ってるんじゃなくて、実際そういう人がいるのよね。だから本当に免除してほしかったら次からは用意して下さいね」と畳み掛ける。松山さんに言われた人は目を潤ませる。泣いているじゃないか。友美の中に松山さんに対しての怒りの炎が小さく灯る。
とうとう友美の番になった時、友美は心を決める。
「私やってもいいです、副会長」
みんながどよめく。
「うちは一人っ子ですし、パートのシフトもまあまあ融通がきくので」
パチパチと小枝を折るような拍手があり、友美はどこへともなくお辞儀する。
会長と副会長が決まったところで昼御飯の時間になる。
会長に立候補した安部さんに話しかけてみる。でしゃばった人かと思ったが謙虚な良い人だったので安心する。うまくやれそうだと友美は思う。
あとは各委員の委員長を決めるだけ。他愛もないことを話しながら昼食を食べ少し休憩したあと、午後からまた話し合いを始める。各委員の委員長は簡単に決まるだろうと思っていたが、そうはいかなかった。副会長に自分が立候補していなければもっと時間がかかったのかと思うとうんざりした。それでもなんとか擦り付けあうように委員長を決定し、最後に去年発足されたPTA活動見直し委員の話になる。疲れてきたのかあくびをする人がちらほら出てくる。PTA活動見直し委員は去年立ち上げたばかりなので、前委員長と前副委員長が去年の活動の報告をし、引き継いでくれる人を募る。
するとなぜか松山さんが唐突に話す。
「P活のことなんだけどさぁ」
松山さんの一言で一瞬にしてはりつめた空気に変わる。松山さんの言うP活とはPTA活動見直し委員のことだと友美は理解する。
「存続の意味あるかなぁ」
松山さんが見回すとみんな目を逸らす。
「堀井さんたちが今年度も引き継いでやってくれるならわかるけど、とくに見直したくない人たちが引き継いでも、ねぇ」
PTA活動見直し委員の前委員長の堀井さんと前副委員長が目を合わせ眉をひそめる。
「でもアンケートで……」誰かが言う。
「アンケートとったからって、P活の存在が認められたわけじゃないのよ。今度の総会で認められなければ廃止できるし、なんならこの場で引き継がなければ終わらせることもできる」
「松山さんは存続させたくないんですか?」友美は訊く。皆が一斉にこちらを見る。
「私はいいのよどうだって。ただこれからP活する人が大変だと思って。私たちは今までこれでやってきたんだから。なんか、見直すって言いながら、PTAの仕事を減らして楽したい人たちが無理して立ち上げたように思えるのよね。それが本当に子供たちのためなのかなって」
松山さんはちらりと前PTA活動見直し委員の二人を見る。
みんなが沈黙し、重い空気が流れる。
つまり松山さんは、自分たちが今までやってきた仕事量をこれからの人たちにもやってもらわないと納得がいかないと言いたいのだろう。去年行われたPTA活動に関してのアンケートでは、見直すべきだという意見が多数を占めていた。仕事をする母親が増え、専業主婦がほとんどだった時代に作られたPTA活動の内容は今の時代に合わないと沢山の人から意見が上がっていたのだ。
「どうしましょう……」司会の長谷川さんが困ってみんなの顔を順番に見る。無表情の人、下を向いたまま動かない人、なぜか笑顔の人。
なんなのみんな、と友美は思う。松山さんに同意する人がひとりもいないことは誰の目から見ても明らかなはずだった。まさに松山さんのような古い考えで作られたPTA活動の在りかたを考え直すべく去年この委員が発足されたというのに。ここへくるまでに何人もの勇気ある発言や行動があったはずだ。
「あの」
ほとんど無意識に友美は立ち上がる。立ち上がってからしまったと思う。でももう引き下がれない。友美は覚悟を決める。
「松山さんのおっしゃりたいことがわからないんですが……」
「え?……何、えーと、池上さん?」
松山さんが友美のネームプレートを見て明らかに不機嫌な顔で言ってくる。隣に座っている石田さんが友美の腕を掴む。構うもんか、と友美は思う。
「何度も話し合いがあってここまで来たんですよね、今まで何度も反対する機会があったはずです。松山さんと同じように反対する人が多ければPTA活動見直し委員は立ち上がらなかった。どうして今までのやり方が正しいと言いきれるんですか。アンケートでもこれからの保護者が活動しやすいように見直すことを求める意見が多数だったじゃないですか」
友美が話す間に、みるみる松山さんの顔が赤くなっていくのがわかった。
周りの人たちは目を見開いてもはや全員が友美を見ていた。
「だって……なに! なによ! 私はみんなのためを思って……」
「じゃあここにいるみなさんで先ずは多数決とったらどうですか? PTA活動見直し委員を存続すべきかどうか」友美は松山さんから目をそらさない。
司会の長谷川さんが「あ……じゃあ多数決……」とうろたえる。
松山さんが立ちあがり、ガタガタッと大袈裟にイスが音をたてる。
「好きにしてください! みなさんでどうぞ。私はもう口出ししませんので」
荷物と上着を乱暴に掴み、松山さんは髪を振り乱して視聴覚室を出る。大きな音を立てて扉が閉められる。
シーンと数秒静かな時間が流れたあと、みんなが笑顔になる。「すごい!」「かっこいい!」「池上さんサイコー」口々に友美を褒めて、長谷川さんがシッと口に指を立てる。まだ松山さんが聞いているかもしれないと扉を指差す。石田さんが様子を見に行く。戻ってきて、扉を閉め、「帰った帰った!」と報告する。
みんなが遠慮なく拍手する。
「救世主が現れたね」長谷川さんが言う。
「めちゃくちゃかっこ良かったよ池上さん!」石田さんが言う。
「池上さんとなら心強いわ」安部さんが言う。
友美は照れて「すみません」となぜか謝る。
そのあとPTA活動見直し委員はすぐに立候補者が出る。是非やりたい。池上さんたちと一緒に考えたいと口々に言った。複数名いた立候補者の中からジャンケンで委員が決まる。
帰り道、石田さんが冗談半分で「ねぇもしかして池上さん昔不良だったの? すごい迫力あったよ」と言ってくる。
「そんなわけないでしょ、全然だよ。むしろ何にも言えないダメな子だった」
「えー!まさかぁ!」
わははは、と石田さんが笑って、友美も一緒に笑った。いつから自分は言いたいことをハッキリ言う人間になったのだろう。考えたけれど友美は思い出せなかった。
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