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次の日学校に行くと、会うなり陽子ちゃんが友美の元へ走り寄った。怒られるかのと思って友美は身構える。
「昨日ずっと待ってたんやで」友美の予想に反して陽子ちゃんが寂しそうに言ったので友美はとたんに申し訳なく思う。行かないことを正当化して食べたバームクーヘンの味を思い出す。
「ごめんね陽子ちゃん、お母さんが行くなって……」とっさに母のせいにする。
「そっか……ほんならしゃあないな」
「埋めたの? ネコ」
「一人で出来るわけないやん」
陽子ちゃんなら一人でも大丈夫なんじゃないか、友美が来ても来なくてもネコを袋に入れ、公園の土を掘り埋められるのではないかと心のどこかで思っていた。強くて、自分の考えに自信を持っている陽子ちゃんは、自分とは違う。
「ごめんね」
友美は謝った。謝りながら、でも自分は、「大人を信じたらあかんで」と言う陽子ちゃんの言葉を、どうしても信じきることが出来ないと思った。
給食の時間、嫌いなメニューのせいで食べるのが一番遅くなってしまった友美の前に男子が二人やって来た。一人の男子が友美が最後に食べようと思っていたデザートの冷凍ミカンをとりあげる。
「友美はいっつも陽子といるから、そのミカンにもきっと陽子菌がついてるって!」
「だから消毒してやるんだよ」
ミカンをとりあげた男子が乱暴にむいて、半分を口にぱくっと放り込んだ。そして噛まずに笑いながら吐き出す。
皮の上に戻したミカンは男子の唾液でぬらぬらと光っていた。
大丈夫。死ぬ訳じゃない。気持ち悪いけどでも、我慢すればなんとかなる。食べなければ先生に怒られるに違いない。また給食残したの、と。
友美はミカンに手を伸ばす。パシン、と誰かが友美の手を叩く。陽子ちゃんだった。
「食べんでいいよ!」
「わー! 陽子菌がついた! はははは!」
男子は二人で笑いながら教室を出る。遠巻きに見ている女子がこそこそと何か話す。
「食べんでいいよ! 友美ちゃん、こんなん気持ち悪い!」
陽子ちゃんはミカンを皮ごと掴み、教室の隅のゴミ箱に投げ捨てた。半分は男子の唾液がついていたけど、もう半分は無事だったのに。デザートのミカンを食べられると思って嫌いな給食を頑張って食べたのに。
「なんで笑ってんの?」
陽子ちゃんは眉間にシワを寄せ、怒った顔で友美に言う。
「なんで笑うん。嫌なことされたのになんで笑ってんの? そんなん、ヘンやで!」
笑うつもりはなかった。けれど友美は嫌なことがあった時こうして乗りきってきたのだ。笑顔をつくり、傷ついてなどいないふりをすることで、嫌なことを我慢してこれたのだ。
だいいち陽子ちゃんのせいじゃないか。陽子ちゃんが男子に、いやクラスのみんなに嫌われているせいで、私まで菌呼ばわりされた。陽子ちゃんのせいで。
「嫌な時は嫌やって、ちゃんとゆわなあかんで、友美ちゃん」
友美はもう笑っていなかった。
ミカンを食べられなかった悲しさと、陽子ちゃんへの怒りで頭の中が混乱していた。
帰り道、何も話さないままいつも通り陽子ちゃんと帰った。毎日一緒に帰っているから、そうするのが当然だろうと思った。
「ちょっと遊んで帰ろっか」
陽子ちゃんが言うので友美はうなずき、二人で川原を目指した。
ランドセルを置き、二人の秘密の隠し場所に置いてあるダンボールを引っ張り出し、土手を登る。
「いくで」陽子ちゃんが言い、後ろに乗るよう促す。
「せーの」
滑りはじめてもスピードが出ず、ダンボールは斜めに進路を変えてしまう。
「もう一回」
ダンボールを持つ陽子ちゃんを追い土手を登る友美はもう、この遊びに飽きていた。
「はい、乗って」
今日うまく行かないのはきっと、私が陽子ちゃんにぴったりくっついていないせいだ。友美は気付いていた。
「今日は、あかんなぁ」
はぁはぁと上がった息で笑いかけてくる陽子ちゃんに、友美も笑いかけたかったが出来なかった。いつも勝手に貼り付いていた笑顔が、どうしても作れない。
「友美ちゃん、楽しくない? なんか違う遊び、する?」
友美は迷う。
迷って、考えて、そして言う。
「楽しいよ」
すると陽子ちゃんは口をぽかんと開け、瞬きを数回した。陽子ちゃんの目が少し潤んだ。
「……友美ちゃん、わたし友美ちゃんが何考えてるか全然わからへんわ。嫌やったら嫌やってゆうてほしい 」
友美はなにも言い返せない。
「友美ちゃんが、思ってることちゃんとわたしに話してくれるまで、一緒に帰るのやめるわ」
思ってることってなんだ、と友美は思った。
思ってることなんて何もない。陽子ちゃんが楽しいならそれをいつまでだって続けるし、陽子ちゃんが私を嫌いになるまで私は陽子ちゃんを嫌いになったりなんかしない。
友美は悲しかった。陽子ちゃんがランドセルを背負い、振り返りもせずに帰ってしまうこともそうだが、自分で自分の思っていることがわからないことが怖いくらいに悲しかった。自分の思っていること。考えたこともない。我慢するしか知らない友美には、陽子ちゃんに思っていることを話せるようになる日なんか、永遠に来ないような気がした。
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