この思いは桜のように

ユラカモマ

この思いは桜のように

 桜という花はじわじわじらすように咲くくせに風や雨でいとも簡単に散ってしまう。いつきはこの花が好きでなかった。ただ、そんな樹も年に一度は必ず花見をすると決めていた。桜のたくさん植わった川辺から少し山を登ったところにある一本の桜。川辺と違って明かり一つない。その桜を月明りで眺めるのが樹の花見だった。今年も樹は満月の下、そこを訪れた。そこには誰もいない。樹はやれやれと桜の根元に腰を下ろした。今年はもう来ないつもりだろうか。樹の花見は初めは一人で行っていた。しかし、二年前彼が花見に訪れるとそこには既に先客がいた。今の樹と同じように座り込み焦点の合わない目で月と散る桜の花弁を眺めていた女。樹は桜と彼女が同時に見える少し離れたところに腰を下ろした。他に人がいようと桜は桜だった。月光が日光に飲まれ始めたころ、樹は帰るため立ち上がった。するとその物音でようやく彼の存在に気付いた彼女がはじかれたように樹をみた。それが彼女との出会いだった。

 今日も今日とて桜は散っていく。まだ、つぼみも残っているというのに。彼女はまだ来ない。樹は足を組み替え月を見上げた。彼女との再会は去年この場所で。今度は俺のほうが早かった。桜の下の俺に向かって彼女は笑いかけた。

「お茶とお団子があるの。よかったらいっしょにいかが?」

 昨年はさして話したわけではない。互いに名前も聞かなかったぐらいだ。それでも彼女は言った。

「ここに来れば、あなたに会える気がしたの。」

 彼女は理沙りさと名乗った。誰かと話しながらの花見は初めてだったがなぜか心地よかった。夜明けが来て帰ろうという際、彼女を引き留めて連絡先を聞いてしまうほどに。色味のなかった樹の携帯のアドレス帳に混ざりこんだ一粒の種。それから、樹は理沙と月に一度程度の逢瀬を重ねた。つぼみが少しづつ開いていくのを確かに感じ愛おしく思っていた。風が出始めたのは秋の終わりごろ。上に彼女とのことがばれた。慣れないことなどするものじゃなかったな、と耳半分で説教を聞きながら仕事に支障が出るようなことはしないとなんとか押し切った。雨が降り出したのは真冬の凍えそうな日、一番会いたくなかった場所、仕事現場で彼女を見た。自分がどんな表情をしたかは分からないが彼女と同じ顔をしていたならば情けなく口を開けて、目を見開いたのだろう。なんにせよ、その日から彼女の連絡はブロックした。

 樹は目を大きく開けて木の擦れる音のした山道に視線を移した。そこには彼女が立っていた。今年もとっておきの手土産と笑顔で。

「ここに来れば、あなたに会える気がしたの。」

 月明りに照らされて彼女の手に物騒な鉛が光る。鈍い音を立てて撃鉄が上げられる。

「そうだな、俺も待ってたんだ。」

 樹の手にも同じものが光る。まったく、この金属が指輪とかならロマンチックだったというのに。捨てきれない一抹の未練を殺意に塗り替えて彼女をとらえる。やっぱり、桜は嫌いだ。あっという間に散ってしまう。

 桜の木の下、二つの火花が光って残りの花を散らす。それでも、来年もまた俺は花見をしにこの場所を訪れるだろう。だってまた君が来てくれるかも知れないから。

 

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この思いは桜のように ユラカモマ @yura8812

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