あの劇的な強盗事件から半月後。

 四月に入ると、その激闘が嘘のように柔らかく優しい日々を送る毎日だった。

 あの強盗事件に関して世間に公表された事と言えば、SAT隊が突入した時には既に犯人は逃走しており、事件解決には至らなかった。犯人グループは今も逃走を続けており、被害額は約数百万円に上るとされた。  死傷者はゼロ。それだけだった。

 暖かい陽を感じながら、佐々木の足は自然と『cradle』へ向く。ゆりかごの意味を持つこの喫茶店へ。

 いくら街が表情を変えようと、この店はいつも変わらない。だからこそ、この店に通うのだ。ここに来れば何かを取り戻した気がするから。



−−隣、いいですか?



 いつものカフェの、いつもカウンター席で久しぶりに訪れた休息の時間を過ごしていると、右手側から声をかけられた。

 反射的に「どうぞ」と返事をすると声をかけた女性はブレンドコーヒーを注文した。

 聞き馴染みのある声でありながら久しく聞くことのなかった声に、佐々木は驚きのあまり、情けない声が漏れた。

「なんで貴女がいるんですか?」

 そんな佐々木を気にした様子もなく、彼女はコーヒカップを軽く指で弾いた。

「偶然、この近くに用があってね」

 外を見れば自分の車以外に黒いバンが一台だけ止まっている。どうやら本当に近くに用があったようだ。

 あの時とは異なり、佐々木の視線は手元のコーヒーへ注がれている。

「そういえば、先日、今回の件の裏で動いていた警視監が自宅から遺体となって発見されました」

 彼女にとってはあまり興味が無い事柄なのか、反応は薄い。

「死因等は不明のまま処理され、事件性は無いという結果になりましたが、正直、これは口封じの為に殺されたと思っています。僕はそれを−−」

「それを調べても幸せにならないよ」

 まるで言いたいことが分かっていたかのようだった。


 そして、それは元パートナーであった、彼女から言われたことでもあった。

「……でも、それでも調べるっていうなら一つアドバイス。全体より早く突入してきた部隊。彼らの一人が中国語で話してたそうだよ」

「そうですか。貴重な情報ありがとうございます」

 彼女はコーヒーを飲み終わるとふぅと吐息を吐き、席を立った。

 その姿が出会ったときと重なる。

「じゃあね、青年。もう、会うことは無いと思うけど元気で」

 以前と同じように五〇〇円玉をカップの横に置いて、扉へと向かう。

「いつか捕まえに行くので、首を洗って待てください」

 餞別のような突然の逮捕宣言を受け、呆気に取られたようだったが、すぐにニヤッと笑みを浮かべると

「OK. Welcome to anytime, baby良いよ。いつでもかかって来なさい

 そう言って、今度こそ店の扉をくぐった。

 その笑顔は今までで一番、彼女に似合っていた。

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