Ⅸ
カフェを出ると何かに誘われるように足が動いた。ふらりと立ち寄った公園には一本の櫻が佇む。
それは決して大きいわけではない。
決して美しいわけでもない。
しかしなぜか、私はその櫻に圧倒され、その櫻に魅入っていた。
私は小さく笑い、首から下げたヘッドホンを手に取る。細身のチタンフレームに一本の赤いラインが走るヘッドホン、それを櫻の木の下へ優しく置く。
彼とはもう会うことは無いだろう。
彼の額に銃口を突きつけた時、私はその引き金をちゃんと引ききれなかった。きっと、少し前の私とかぶったのだ。
だからこそ、これは決別だ。
そんな優しすぎる私との決別。
そんな強すぎる私との決別。
そんな綺麗すぎる私との決別。
踵を返して、私は私の居場所へと戻る。
公園から暫く歩いた所にあるレストラン。従業員用の出入り口から中に入るとひんやりとした空気と無機質なコンクリートの廊下が出迎える。
私は少し心もとない首元を気にしつつ、扉を開ける。歩くたびにコツコツとヒールがコンクリートとぶつかる音が響く。
「おはよう。あれ? 今日はあのヘッドホンしてないんだな」
背の低い少女が私を見つけるとどこか不思議そうに首を傾げた。
「あっ、響子さんおはようございます。大切にしていたんですよね。無くしてしまったのですか?」
少女の後の控え室から顔を覗かせた黒髪の女はどこか悲しそうに目尻を下げて言った。
「違う違う。ちょっと置いてきてね」
苦笑いして言う私に二人は首を傾げた。
「それで、次のターゲットはどうするの?」
ニヤリとオモチャを与えられた子供の様に少女が笑う。
「ここなんてどうかしら?」
壁に貼られた地図にトンッと指し示したのは一つの銀行。
「この銀行、何かありそうな感じがビンビンするんだよ」
「……NFJ銀行ですか」
後ろから覗き込んだ女が確認する様に呟いた。
私はその様子を眺めながら、私たちの日常へと戻っていく。
It fin story. And……
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